大学院博士編~就活は未知の領域~

公聴会が終われば博士号が貰えるわけだが、そのタイミングでまた高いハードルが飛び込んでくる。そう、就活である。博士課程はスムーズにいっても博士号を獲得するときには28歳になっている。28歳で博士になっているのであればそれはかなりの幸運であり、実際のところは三十路になっている人のほうがむしろ多い。年齢を考えると結構ヤバいのだ。日本の就活事情はとにかく「新卒に甘く、その次に若者に甘い」のだから、「職歴なし三十路」というのは非常にマズい。
だからこそ「博士号を取っている」という事実を活かして就職活動をするべきなのだが、博士号を活かすとなると、就職先の選択肢は非常に狭くなる(まあ、それを見越して博士号を取るべきだが)。

通常、理工系であれば、大学院修了課程をクリアしていれば、普通の大卒よりは就職しやすくなるケースが大半だ。現在は大学に進学する人が多く、大学で初歩を学び、大学院でようやくより深い専門分野を研究する……という流れが構築されているからである。

だが、博士号だと事情が異なる。博士号を持っている人(持てそうな人)はだいたい以下のいずれかのところに就職することになる。

1 普通の企業:非常に専門的な研究に関わる場合が大半
2 地方自治体や口の研究所:研究者として自治体や日本のために専門的な研究をする(今は独立法人になっているところが大多数)
3 大学教授(高専も):大学教授として研究や高等教育に関わる
4 起業:自分で会社を作る(博士という資格(?)とノウハウを活かす)

1980年代くらいまでは博士号があれば、かなりの確率で大学教授になることができた。その頃はそもそも博士号を取る人があまり存在しなかったし、いずれ来ると思われていたベビーブームを見越して日本に大学がどんどん増えていたので、博士号を持っている人をどんどん教授にしていたのである。
しかし、現在はそれとは全然異なる状況になった。博士号を持っている人は多くなり、少子高齢化が原因で「教授」の立場の人間を増やす必要があまりなくなってきている。現に、博士号を持っているのに就職難に陥っている人が後を絶たない(『オーバードクター問題』と呼ばれる)。常勤教授になれないので、非常勤になったり任期制の研究院になったり人も少なくない。しかし、そんなアルバイトのような働き口であっても確保できるのであればまだ幸運と言うべきなのかもしれない。就職先がほとんど存在しない専門分野さえあるくらいだ。ただ、私が携わっていたロボット工学の分野は、当時、就職の難易度がやや低い分野だった。

では、大学教授の募集はどこからチェックできるのだろうか。近年は、研究員や大学教員の募集データのウェブサイトがネット上にある(「JREC-IN」という研究員データベース等)。
こういったwebサイトをこまめに確認していれば、どこが募集をかけているかが分かる。そして、希望のところに必須書類(履歴書等)を送り、書類審査をパスすると面接をすることになる。ここまでの流れは、一般的なアルバイトなどに応募するときとほとんど一緒である。

ロボット工学の分野であれば、やや就職しやすかったのは間違いないが、それでも私は40以上の大学に応募した(最近の大学生の中にも、数十の企業に履歴書を送る人が少なくないと聞くが、みなさんはどうだろう)しかし、。私を雇ってくれたのはそのうちのたった1校である。振り返ってみればかなりの幸運だったのだと感じる。現在の大学には重ね重ねありがとうと言いたい。本当にこの大学がなければどうなっていたことか……考えれば考えるほどゾッとする。先ほども説明した「三十路・職歴なし」の状態で、一般的な就職活動を始めることになっていたかもしれないのだ。

私のときは20名ほどの面接官がいて、かなり威圧的な面接が行われた。酷すぎて面接官のうちの1人と喧嘩になりそうだったくらいである。というか、ほぼ喧嘩だった。

面接官「あなたに研究や教育を行えるのでしょうか?」
面接官「これまではあなたの能力で研究を行っていたわけではありません。あなたを指導してきた人物の能力がほぼ全てです」

私「それは分かっています(そんなこと今この場で言ってどうするんだ←言葉にはしないがこう考えている)」

面接官「分かっていないですね。もし雇うことになったら、あなたはその瞬間から指導する立場の人間になるんですよ?甘えている場合ではない」

私「好き勝手言ってくれますね?(そもそも甘えているって話はどこから来たんだ)
私のことを知っているわけでもないんでしょう?私は研究も教育も人並み以上にこなせますが!?」

面接が終わった帰り道でようやく気持ちが落ち着き、大失敗したことに気づいた。

私「ああやって、キレた時点で落とされるんだ~!!」

と街中で叫んで(比喩ではなく本当に大声を出したような記憶がある)そのまま帰宅した。まさか雇ってもらえるとは考えてもみなかったので、採用通知書が届いたときは、手違いか何かだと感じたくらいだ。これほどの幸運はない!

ただ、圧迫面接のせいでキレて面接官に暴言(と言うほどでもないのか?)を吐くという大失敗をしたのだ。それでも雇ってもらえた理由はどこにあるのだろうか?

私は今は面接官側の人間になっている。地方の小さな私立大学に勤めているのだが、それでも倍率は100倍を超えることが少なくない。東京の名門大学ともなれば、300~400倍程度にはなるのだろうか。

通常、大学教授の採用審査においては「資金調達実績」「社会貢献」「研究実績」「教育実績」などを見る(詳しくは後で解説する)。当然、年齢も考慮する。年代が上なのであれば実績を積み重ねていなければ厳しいし、若年代なのであれば実績面に関しては多少甘くなる。

それから、言うまでもなく人間性もかなり重視される。大学教授と言っても一人の労働者であるから、「この人間と共に働きたいか」ということを面接官なりに評価するのだ。
「能力さえあればどんな偏屈な人間でも構わない!」ということはないのだ。
ただ、求人1個に対して原則1人しか採用しない。優れた人物・実績の持ち主が数人応募してきても、その中の1人しか採用しないのだ。そのせいで、生涯常勤講師になることができない研究者が少なくないのが現実である。

それから、ここまで「大学教授」という言葉をあまり意識せずに使ってきたが、ここできちんと区分しよう。任期制・非常勤などの教員以外の、常勤の大学教員は主に4つにカテゴライズされる。教授・准教授(助教授)・講師・助教(助手)である。ランクとしては、教授>准教授>講師>助教であるが、一般的には博士号を持っても即座に教授になれるわけではない。
実績や年齢次第でもあるが、まずは講師か助教、または任期制(2~4年くらいが多い)の研究者から始めることになるのが普通だ。

それからだいだい2通りの流れで、教授や准教授にランクアップすることになる。
まずは、当人の職名(職責)だけが変わるというもの。所属する組織は変わらず、実績が評価されることで昇格するのだ(私大に目立つ仕組みである)。
また、これまで在籍していた准教授や教授が離職し、その空席を埋めるための募集に応募して採用されるというケースもある。このケースだと「転職(所属組織が変化する)」になる場合がある。国立大学に目立つ仕組みなのだが、准教授や教授にも「定数」の概念があり、離職などで空席が発生しないと、他にどれだけ秀でた人材がいてもランクアップできないのだ。これに関する募集においても、学内の雑務・社会貢献・教育実績・研究実績・資金繰りの上手さなどが評価の対象になる。

ここで言う「外部資金」とは何なのだろうか。研究資金がなければ大学で研究をすることはできない。当然、大学側からも直接研究費は出されるが率直に言って少ない。一例として、某国立大学の助手の出張費は月額2000円以下である。まあ「役に立つかどうか分からないこと」に対してそれほど大金を注ぐことはできないということなのだろう。
だからこそ、学外から研究費を引っ張ってこなければならないのだ。具体的に言うと、企業との提携研究や文部科学省の研究補助金などがそれに該当する。外部資金を引っ張ってくるのが上手い人物は評判が良くなりやすい。

「あいつは1億円も引っ張ってきたツワモノだ!」

などと言われるのである。そんなツワモノから恵んでもらおうとして、

「こっちにも研究費をさあ~(分けてよ)、ツワモノ様~」

と近づいていく人もいる。
まあ、とにかく人間同士が関わるのだから、昇格人事であっても「実績」だけでなく「人柄」も当然大切ではある。

昇格の仕組みは大学次第で違うが、私の大学ではここまで説明したような実績が評価されて、学内規定をクリアしているとみなされれば、昇格の可能性が出てくる。このケースでは、審査員が数人チョイスされて、一次選考が実施される。「昇格させてもよい」とみなされれば、次は二次選考が教授会にて実施される。
国立大学では遅く、私立大学では比較的すぐに昇格できる傾向にある。国立大学では例外的に優秀な人材を除いては50歳くらいにならないと教授になれない(私は今40代だから、仮に国立大学で働いていたらまだ教授にはなっていなかったことだろう)が、私立大学であれば40歳前後で教授になっている人物もザラにいる。私のケースでは、講師として雇われたのが30歳である。そして、32歳で准教授にランクアップできるかもしれない機会がきて、40歳で教授にランクアップできる機会が訪れた。

国立大学と比較すると、私立大学は教員に対して学生の人数が多い(継続的・圧倒的に)。
だから、教員の雑務がたくさんあるのは私立大学のほうだ。ことに教授になると、対外的に大事な役職である学部長や学科長なども引き受けることになる場合がある(教授内のリーダーのようなもの)。研究・教育をこなしつつこれらの役職も引き受けることになるので、非常に大変である。
しかし、僅かな人員で教授陣が固定されると、あっという間に自分が学科長などになってしまう。そこで、若いエネルギッシュな人材をすぐに教授にして、雑務をさせるという手段もある。私のケースでも38歳(この業界だと若い)前後から、「教授にならないか?」という話をもらっていた。教授になるのが夢だったからとにかく喜んだ。

ただ、教授になれば雑務が絶対に多くなるというのが紛れもない事実である。元々は面倒くさがりな性格だから、私は迷いもした。それに、そもそも「私のような人間が教授になっていいのか?」という気持ちもあった。やはり「私はただのガンプラとスパロボオタクだからなあ~」という感情が、そのときになっても消えていなかったのである。嬉しいことではあるが、実際に業務をこなせるかどうかが心配だったのだ。
実際にランクアップの機会が来たわけではあるが、そもそも教授会で「やっぱり君は昇格させないよ~」という結論が出る可能性もあったわけだ。

最終的には40歳で、教授にランクアップするための審査に臨むことになった。私が知るのは「自分がどんな内容の書類を出したか」までであり、その後の選考がどのように実施されたのか把握する方法はない(これについて一般的な就職活動で置き換えるのであれば「書類審査」ということになるのだろう)。

多分ありとあらゆる方向から審査されたのであろう。結果としては、ロボット教授になることが叶ったのである。余談だが、助教授→教授にランクアップしたわけだが、月給は1万円も上がらなかった…。

まとめると私は、30歳で博士になりその年にラッキーにも大学講師で雇ってもらえた。そして40歳で教授に昇格した。ロボットの分野に本気になり始めてから約20年目のことである。