中学~予備校までの流れるような日々

私が中学生になってから比較的早い段階でガンプラの流行は落ち着いた。そこからは、ファミコンが大流行したのである。私の友人連中もファミコンにのめり込んでいたが、私は「パソコン」にハマっていた。この文章を読んでいる人々のために「パソコン」と言っているが、当時は「マイコン」と言っている人が大半だった。

現在のパソコンはネットでソフトのダウンロードを行ったり、ディスクなどを買って読み込んだりすればそれだけで使える。しかし当時のマイコンの場合は、大半のソフトは自分で設計するものだった(ソフトもあるにはあったが、高過ぎるし種類も少ない。余談だがファミコンのソフトの値段も全体的に高い時代だった)。
その頃は「プログラム雑誌」なるものが様々にあり、その雑誌を参考にしつつ様々なソフトを設計した。まあ「簡単なゲーム」レベルのものがほとんどなのだが。
このプログラムの日々が、後々ロボット博士になることにかなり関係してくる。ロボットのコントロールを行うためのプログラムは自力で組まなくてはならない。当然既存のソフトもあるのだが、大抵はそのままでは使いにくいので、自分のロボット向けに改造しなければならないのだ。だからプログラミングのノウハウがなければ、ロボット分野の研究をすることなど叶わない。

「つくば万博」があったのが私の中学生のときであり(今の若者からすると『愛知万博』が馴染み深いのだろうか)、これも私の将来にかなり響いた。親に頼み込んでなんとかこのつくば万博に足を運ぶことができた。つくば万博には、私が想像もしなかったハイテクノロジーが展示されており、「その頃の最先端」とも言うべき諸々が揃った万博であった。
今は、様々なハイテクノロジー関連のムービーをネットさえあればあっさり観ることが可能だが、その頃はネットなど普及していない。まだ見ぬハイテクノロジーのことを知りたいのであれば、万博などに行くより他なかったのだ。つくば万博の様々なハイテクノロジーのうち、私が一番心を奪われたのはやはりロボットである。そのときの人々にとって、ヒューマノイドロボット(人間型ロボット)などは、本当に憧れの的だった。そして、つくば万博のヒューマノイドロボットはヒトと似た造りをしており、なんと楽器まで弾いて見せた。
このとき「未来は凄いことになっていそうだな」と思ったものである。

楽器を弾くロボットを見て、「とにかくロボットに携わる仕事がしたい!」と感じたものだが、まだまだそれは未知の領域だった。

中学生の頃はまだ「馬鹿にされたくない」という気持ちだけで勉強をしていた。私からすれば「孤立しないためには?→いい成績をキープするしかない」だったのだ。単純な思考回路である。
まあ、その甲斐あってか楽勝で第一希望の高校に入ることができた。高校生になると身長も伸び、運動部にも入部してバカにされるようなことは全くなくなった。そこからイケイケの状態になるかと思いきや、バカにされなくなったせいかほとんど勉強をしなくなった。テストの学年順位は常にワースト10であった。とにかく勉強をすればよかったのだが、別にワースト10であろうがバカにはされないので、全く机に向かわなくなったのである。

しかし、高校2年生になった時期からはこんな私でも大学進学のことを考えるようになった。とりあえずプログラミングに興味があるし、手先の器用さもあるので理系を選んだ。だが相変わらず勉強はしない。麻雀と部活に明け暮れる日々だった。ついでに言っておくと、女にモテることは全くありませんでした……。
土曜日は部活が昼前に終わるので、そのあとは仲間たちとひたすら麻雀をやっていた。
なんだかよく分からないレベルで麻雀をやりまくっており、何時間続けても平気だった。

だが、ちょっとだけマトモな性格だった友達は受験シーズンになると、なんと私にファミコンを貸してきたのである。

友達「大学に合格するまではファミコンやらないって決めたから預かっておいてくれ」

これ、私は全く勉強しないと思っていたのかもしれない……(ほぼ正解である)。

友達「あ、もちろんファミコン使っても構わないよ」

そして、大学受験の追い込みの時期に私はファミコンにドはまりしてしまったのである。
受験の1日前までドラクエをやっていた。

私「今のうちにドラクエをクリアできないようじゃ、大学にも落ちる!」

という訳の分からない理屈でドラクエ3を無事クリアしたのが、大学は普通に落ちた。まあ、当たり前のことである。

そして、私の予備校生活が始まった。今考えても本当に暗い毎日だった。何というか実際にはそんなことはあり得ないのに、一年通して晴天だった日が一日もなかったような気がする。さすがに浪人生になってからは勉強量も増えたのだが、それでもやる気がなかなか出なくて大変だった。しかし、いつまでもそんなことは言っていられないので、集中するためにも2つのことに取り組んだ。

まず、入る大学を考え直した。高校生の頃は「理工系ならどこでもいい」としか思っていなかったので、もっと細かく考えることにしたのである。

「俺が本当に学びたいことは何か」

そう分析してみると、やはりロボット工学の研究がしたい……となる。
そして、どの大学・学科に進むべきなのか。
現在は、ロボット工学の研究ができる大学や学科はたくさんある。しかし、私が学生だった当時は、そういった大学や学科というのはかなり少なかったのだ。私は大学のパンフレットや受験関連の書籍を漁り、ようやく入る大学を決めた。私の当時の学力でもなんとか合格できそうだし、とにかくロボット分野の研究室もある。この某私立大学の工学部・機械工学科に進むことにした!

もう一つは、やはり「モテたい!」である。これはなかなかバカにできない。
というか男性のモチベーションの半分以上は女性によってもたらされているような気がする。
高校の頃は理系コースとなると女子が本当に一人もいなかった。そこで、私は「大学に進学したらとにかくモテるための努力をしまくるぞ!」と決意した。合コン関連の書籍にも目を通しまくった(今はあまり見かけないかもしれないが、当時は合コンについてアレコレ語っている本が山ほどあったのだ)。

「大学に進学したらハーレムを作ろう」

などと意味の分からない夢を抱き、それによって勉強へのやる気を高めたのだ。「モテたい!」と思うだけなら1円もかからないし、この年代のオトコにとって「オンナ」ほどテンションを上げてくれる存在はいないのだ。

ここからは、やる気がなくなるということはほぼなかった。しかし、今度は父親と母親を説得する必要が出てきた。そもそも二人ともロボットのことを全然知らない。
せいぜい「ロボット=鉄腕アトム」くらいの知識しかないのだ(鉄腕アトムレベルのロボットもいつか開発したいものだが)。しかも、我が子(私のこと)はガンプラやスパロボオタクなので、両親からすれば「こいつ、何も考えずに好きなことをやり続けたいだけなんじゃないか?」と思っても仕方がない。

ただ、正直両親は「よく知らないだけ」だったので、説明したらそれなりに理解してもらえた。「機械工学科」というもの自体、当時からそれなりの知名度があったのも大きかったのかもしれない。

あとはひたすら「オンナ」でモチベーションを維持して、なんとか第一志望の機械工学科の大学に合格できたのである。