※本記事は、「日本ロボット学会誌」の寄稿文を加筆、改訂したものです。2011年度という新たな年度を迎えることを受け、多くの取材を経験して感じた疑問を提言としてまとめました。
小サイト「ロボナブル」は、非産業分野(サービス)に向けたロボット事業に関する情報発信に力を入れている。総合産業紙を発刊する日刊工業新聞社が、この分野に注力する理由は、経済の過半を占めるサービス業に対し、製造業が有する技術や生産性に関する知識を結び付け、その高度化に関わることが求められているからである。中でも、ロボットは人間が備える基本機能(例えば、感覚や情報処理、運動など)を自動機械に置き換える技術といえ、人間を中心に事業を組み立ててきたサービス業の高度化に関わろうとする方向性に親和性が高く、かつ先鞭をつけるものと考えている。「サービスロボット」という言葉は、こうした認識から創出されたものであり、また様々な製造企業が開発に取り組む背景になっていると捉えている。
ところが、サービスロボットを事業化しようとする試みは、意外にも取り組みが先行していた企業ほど停滞している。主因は、ロボットというハードウエアを開発・生産して販売するという単純なビジネスモデルをベースとした議論に終止している開発側の問題と、先進諸外国と比較して生産性が低く、いまだに工業化(標準化)が達成されていないサービス産業側の未成熟さにあるが[1]、加えて、次のような現象も関係していると考える。
つまり、サービスロボットはセンサ、コントローラ、アクチュエータのロボット要素を一体型ハードウエアにまとめ上げるにせよ、空間内に分散配置(例えば環境情報構造化)するにせよ、程度の差はあれ、システムインテグレートを伴うシステムである。これが顧客となるサービス業の課題解決のためになされる行為であることを踏まえると、数年先を見据えた開発とはいえ、顧客価値を備えていなければならないにもかかわらず、他分野の製品や技術に比して、その厳密さが追求されない、ことである。
開発成果を発表した後にユーザーを模索したりニーズとの擦り合わせをしたりする取り組みがまかり通っているうえ、これを目的とした実証実験(本来は実証実験とは呼ばないはずだが)が各マスコミで好意的に取り上げられている。研究開発のあり方として好ましい姿とは言い難い。
本来のシステムインテグレート(上)とサービスロボットのシステムインテグレート(下)
ここではまず、研究成果をもとにした事業化までの道程を通して、サービスロボットの開発におけるデスバレー(死の谷)が顧客価値不在(無視)の開発によることを説明したい。次に、そうした開発が許容される報道の背景を説明し、これらの事象を改めるべく顧客価値の議論を喚起したい。
企業における開発活動を想定した内容だが、大学などでの研究テーマの設定にも通じるはずである。なお、本稿で用いるサービスロボットという用語は非産業分野に提案されているシステムを総称して指す。また、紹介する事例や記事は特定を避けるため抽象的な表現となることを断っておく。
ロボット開発のデスバレーとは
一般に研究成果をもとにした事業化は、大きくは技術ドメインの定義と事業コンセプトの創造という段階を経てなされる。
研究開発を立ち上げた頃の技術はアーリーステージにあり、特定ユーザーを想定していないため汎用的かつ急進的(革新的)という特徴を持つ。ゆえに、研究開発が広範にわたり長期化するが、そこではまず、顧客価値を備えた技術へと変換することが求められる。これが技術ドメインの定義であり、技術という資源をもとにユーザーおよびニーズを特定し、研究開発の方向性を確定する。
次の事業コンセプトの創造では、その提示を通じて周囲の共感や納得を得て社会的受容性を伴う技術へと昇華させていく。それが具体化するに従い経営資源の投入がなされ、事業化に向けた動きが加速し、専門事業部が研究部門に代わり主体的に活動することになる。技術ドメインの定義以降は実用化を見据えた取り組みとなり、的確に定義されたか否かが、その後に待ち構えるデスバーを乗り越えるカギになると一般には説明されている。
ところが、システムインテグレートを伴うサービスロボットの事業化では、アーリーステージでありながら技術ドメインを定義しなければならないという困難状況を迎える。既述の通り、本来それはユーザーとなるサービス業の課題解決のためになされる行為であり、技術ドメインの定義がなされないままにロボットにまとめ上げることはあり得ないからである。
事業化までの流れとデスバレーの所在
当然、研究部門が的確に行うのは難しく、サービスロボットの事業化を難しくする要因であり、またサービス業は同業者でもサービスシステムが著しく異なるためより一層難しくさせるが[2]、それでもこれを定義し、かつシステムインテグレートを通じて顧客価値を備えるサービスロボットへと変換されなければ実用化に進展する可能性は低い。このような変換が適切になされないままに開発活動がなされる現象が、ロボット開発におけるデスバレーではないかと考えている。
ここでいくつかの例を挙げて説明したい。サービスロボットの開発では、開発後になってようやく実証実験を通じてユーザーの模索やニーズの擦り合わせがなされる。
例えば1990年代末に対話ロボットの試作機を発表したA社は介護施設をはじめ様々な施設で実施した。また、2004年に公共施設での案内、巡回・誘導を想定した試作機を発表したB社もある施設で長期間にわたり行った。なお、両社のロボットはともに安全性の確保を達成しており、これが主因ではないことを断っておく。
多様な施設で実証実験を行っていること自体が技術ドメインを定義できていないことを露呈しているが、長年にわたる取り組みにもかかわらず両社はともに事業化を達成していない.
また、2005年の愛・地球博の開催に合わせて受付案内ロボットを急遽開発したC社は、発表から5年以上が経過して医療施設での実証実験に取り組み始めている。開発時に想定していた利用場所が医療施設ではなかったことを踏まえると、ロボットをインテグレートし直すのではなくユーザーおよび利用現場を切り替えるという選択をしたと判断される。が、もともとの想定ユーザーが異なるそのロボットがそこでの受付案内の最適解になり得るかは疑問である。
以上のように、技術ドメインの定義がなされていないサービスロボットを社会に提示し、その後の実証実験でユーザーを模索したりニーズとの擦り合わせをしたりしても実用化は停滞する。これに研究者のロボットへの思い入れや開発へのプライド、開発テーマへの盲信、企業イメージを損ねるとして、一度対外的に発表したロボットの大幅な変更(例えば低価格化を狙った機能のグレードダウン)を嫌う経営の意向などが加わると、もはや研究開発の軌道修正は不可能になる。
構成する要素技術の未成熟さに原因を求め、その高度化に腐心してもサービスロボットが顧客価値を備えていない限り、それが最適解にはなり得ない。これら3社のように、いたずらに開発活動が長期化することになるのである。
システム・バイオロジー研究機構の北野宏明氏は、応用研究に差しかかる以前にデスバレーが存在する可能性を指摘し、初期段階で想定ユーザーを交えた研究開発の重要性を指摘した[3]。私見となるが、技術ドメインの定義がなされないままに実用化に向けた取り組みを展開しても、そもそもの研究開発の方向性が間違っており、実用化に至る可能性は極めて低いことを説明したと捉えている。
研究開発の段階といえども技術ドメインの定義が的確になされるべきであり、これにより顧客価値を備えるサービスロボットへと変換され、デスバレーを乗り越えられると考える。小サイトではユーザーと価値共創できるフレームワークを用意しておくことが、それに寄与すると分析しているが[4]、詳細は別の機会に譲りたい.
顧客価値を検証しない報道
前節の内容を踏まえると顧客価値を備えるサービスロボットであるかが議論されるべきであり、また実用性を強調したいのであれば、それが明示されてしかるべきである。しかし、発信する開発企業も伝える報道側も、そうした意識は希薄に思われる。
例を挙げると、C社のロボットのプレスリリースでは、新開発の段差乗り越え機能や雑音環境下での音声認識技術など新規性が詳細に説明される一方、想定ユーザーの説明はいっさいない。利用環境がいくつか挙げられているだけである。リリースの第一の目的が、新規性を通じて自社の技術力を提示することにあるからであり、また競合他社に手の内を隠すという意図もあるからだろうが、これでは実際にサービス現場で使えるのかがまったく判断できない。
一方、これを伝えた側として新聞での掲載例を紹介すると、リリースと同様、研究成果の新規性を強調し、末尾には『C社では案内ロボのユーザー・ベネフィット(顧客価値)を模索中だ。これが明らかになった時、事業が立ち上がる』(原文ママ)との一文を沿えている。そのまま読めば顧客価値が不明なまま研究開発を進めていることになるにもかかわらず、開発後にそれを模索している行為を好意的に捉えているように受け取れる。
また、あるロボット特区における実証実験を取り上げた雑誌では、主導した開発担当のコメントとして『インターネットやE-mailはパソコンを改良しながら、みんなで様々な使い方を考えた結果、偶然発見された利用方法だといわれている。(中略)ロボットでも、こうした便利な用途や使い方を見出すことが必要』と紹介。これを受け、『実証実験はユーザーを巻き込むことで使い方を考えていく場である』と、それらを見出そうとする実証実験の意義を強調している。
実証実験の目的は用途開拓ではなく、ロボットの活用を前提に再構築(設計)したサービスシステムの妥当性を検証することにあるにもかかわらずに、である。これは約5年前の記事だが、実証実験に参加したロボットはいずれも実用化に至っていない。
これらの記事は典型例として紹介したものだが、サービスロボットを扱う記事は、総じて新規性とその明示に役立つ実証実験の成果が強調される。同業として、これらの記事を扱った際の心理を読み解くと、ロボットは工学とサイエンスを併せ持つ素材であり、他分野と比較して読者の技術的探求心が著しく高い。また実証実験でなされるデモは、それを直感的かつ平易に伝えられる効果的な素材であり、これらを組み合わせての報道は、「わかりやすい!」と読者からより一層の好感を得る。
一方、記者発表ではサービスロボットの社会性および公益性にも言及されるが、特に顧客価値の所在が不明なロボットはそうで、仮説の域を出ていなかったり内容が抽象的であったりするため取り上げても読まれない、とまとめられる。
これにデスクからインパクトのある記事や画像が要求されるという事情も重なることで、冒頭で紹介した現象につながるのである。
顧客価値重視への変換を求める
ところが、前々節の「ロボット開発のデスバレー」で示した事象を踏まえて顧客価値の欠如を指摘するのは難しい。このような記事はサービスロボットの可能性を否定すると受け取られ、その後の取材活動に支障を来すという事情もあるが、そもそも、こうした指摘はロボットの話題として読者から期待されていないからである。
既述の通り、読者の技術的探求心が高く、加えて、ロボットは近未来を描いた映画やアニメなどフィクションの世界で先行し、読者それぞれの間で未来的なイメージが醸成されている。そんな彼らのロボット観にアドレスしやすいのは新規性に溢れた研究成果(技術内容)であり、こればかりが強調されることになる。
一方、開発側もこのような傾向を理解しており、報道でより多く扱われるよう新規性を前面に出したリリースを提示したりデモを披露したりすることに注力する。両者のスタンスが一致して新規性ばかりが世の中に発信されることになり、前節で紹介したような記事が出回ることになる。
顧客価値の創出につながるサービスロボットが提供するサービス内容の妥当性が検証されなくなり、結果、開発後の実証実験でユーザーを模索したりニーズとの擦り合わせをしたりする行為がまかり通る。これはサービスロボットの実用化への期待が高まって以来、長期にわたる報道などを通じて根付いたものであり、ロボットを取り巻く者の多くが新規性を介してロボットの可能性や未来を感じることに、ある種の心地良さを感じるまでになっている.
本来問われるべきことが伝わっていない
それでも、サービスロボットの実用化を期すのであれば、こうした取り上げ方は改善されなければならない。開発側は顧客価値を備えるサービスロボットであるファクトを示し、報道側はその紹介を通じて読者とその妥当性を議論すべきである。このような議論がなされる土壌が形成されたときに顧客不在の研究開発が改められ、かつ研究開発の方向性もより的確となり、デスバレーを乗り越える価値あるサービスロボットの輩出につながるのではないだろうか。
研究内容の新規性は科学技術の発展のために当然流布されるべきだが、これと同程度に、それによって創出される顧客価値の妥当性を議論し、開発側にフィードバックするような報道へのシフトや、議論する文化をつくり上げるべきというのが結論である。
おもちゃをつくってはいられない
ここでは、技術ドメインの変換がなされないままに実用化が取り組まれるサービスロボット開発の問題と、それを扱う報道の問題をそれぞれ挙げた。そして,開発側と報道側がともにサービスロボットの新規性により創出される顧客価値の発信や議論にも注力すべきであることを述べた。
経済産業省のロボット政策に助言をするある企業の技術者によると、来年度からは産業用ロボットをテコ入れする方向で議論が進んでいるという。知能化・巧緻化、ティーチングレスなどの技術的課題に加え、国内システムインテグレータの救済策など喫緊の対策が求められていることが第一の理由だが、これに加え、過去のロボット政策への反省もあると、その技術者は話す。つまり、1998年度から2002年度まで取り組まれた「人間共用・共存型ロボットシステム研究開発プロジェクト(HRP)」以来、ここ十数年間にわたるロボット政策を通じて創出されたシステムは、「おもちゃの域を出ていないのでは・・・」である。確かに、多くの要素技術は蓄積され、ロボット関連の特許でわが国を世界一に押し上げるのに寄与したかもしれないが、実用化に至ったシステムは少なく、国益にも、国民のくらしの向上にも寄与したと、胸を張っていえる状況にない。
小編集部が事後評価に協力した「サービスロボット市場創出支援事業」でも、プロジェクトが過ぎてはや3年が経過するにもかかわらず、実用化に至ったシステムの方が少ない。プロジェクト終了後には2008年秋のリーマンショックをはじめ産業やサービスを取り巻く状況は劇的に変化しており、報告上では『開発中』とされる、これらのシステムが実用化に至る可能性はゼロといっても過言ではない状況である。
今一度、過去のロボット政策すべてに対し、顧客価値を捉えたシステムであったのかを見直すべきであり、また、そうした判断を行える採択および評価システム(評価者の人選など)に改めるべきだろう。
本稿は、企業における開発活動を前提に述べたが、大学などにおける研究活動に当てはめると、論文の冒頭で説明される研究背景および目的を精査するということになるだろう。研究論文の査読では重視されないきらいがあるとされるが[5]、ロボット工学としての立場を維持するのであれば、そうされるような論文の評価システムへと改められるべきである。特に介護福祉をはじめサービス分野への適用を目指しているロボットや要素技術を扱う論文はそうで、研究目的も議論されるような場が設けられてよいはずである(研究背景では「少子高齢化」をはじめマスな事象をあげているにもかかわらず、提案されているシステムはミクロなサービス工程に特化したものが多く、違和感をおぼえる)。研究の方向性がより的確となり、リスクを伴いがちな基礎研究を担うことが求められる、“産”の伴奏者としての“学”の役割をより一層価値あるものにできると考える。
【参考文献】
[1]今堀崇弘:“失敗するロボットビジネス 成功するロボットビジネス”,ロボナブル,日刊工業新聞社,2010.
[2]石黒周:“ロボット/ロボット技術導入によるサービスイノベーション事業創出アプローチ:事例と類型とキープレイヤー”,研究・技術計画学会,第24回年次学術講演要旨集,2009.
[3]北野宏明:ベーダ国際ロボット開発センター開設に関する講演資料,2009.
[4]今堀崇弘:“センサ技術を活用した真の顧客価値の共創に向けた提案”,ロボナブル,日刊工業新聞社,2010.
[5]荒井裕彦:“実践におけるロボティクス論”,第6回ロボティクス・シンポジア予稿集,pp.147-153.2001.

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