提言/コラム

2012.12.10
早期に事業化の白黒をつける覚悟を!
― パーソナルモビリティの事業化に向けた課題とは?

 立ち乗り式に続き、腰掛け式のパーソナルモビリティ(PM)も登場した中国市場。かたや、国内では事業化に向けた具体的な動きが進展していない。道路交通法および道路運送車両法など公道走行を規制する法制度に主因を求めるきらいにあるが、そればかりでは説明できない課題がある。これらについて、京都大学の五十嵐広希氏に語ってもらった。同氏は移動ロボットの研究者でありながら、日本SGI在席時にはSegway事業などに関わっていた経緯から、リスクマネジメントや道路政策を踏まえた街づくりにも精通する。詳細は文末のプロフィールを参照してほしい。
 なお、本稿で取り上げているパーソナルモビリティは、特段の断りがない限り、「Segway(セグウェイ)」に代表される倒立振子系のモビリティを指す。 (ロボナブル編集部)

 内製PMの特徴はどこにあるのか?

 私が以前、ビジネスに関わっていた「Segway(セグウェイ)」は、その利用(搭乗)で視線高さが約25cm上がることによる視認性と、立ち乗りという搭乗スタイルによる周囲との親和性に特徴があります。当初は、コンシューマ向けに販売をしていたようですが、現在は「B to B」では警備・セキュリティの分野で、「B to B to C」ではツーリズムの分野を中心にサービス展開がされています(*1)。一方、国内メーカーなどが実用化を目指すPMは構造上、こうした特徴を否定しているにもかかわらず、それに代わり、事業化につながるような特徴がなかなか見えてきません。しかも、Segwayは実際のマーケットで事業化を模索してきたのに対し、国内メーカーはそれが一向にできていません。ここに大きな課題の1つがあると捉えています。

*1:参考までに、Segway事業に簡単に触れておくと、上述の警備・セキュリティとツーリズムの2つのサービスを成立させる要素に「目立つ効果」があります。ここでの効果とは、警備・セキュリティであれば、犯罪者に対しては「抑止」であり、市民にとっては「見守ってもらっている」です。また、警備する側にとっても搭乗すること自体が「楽しい」ことや、市民に「声をかけてもらいやすい」という効果もあります。さらに、バイクや自転車と違い、スタートや停止が容易であることから、海外では「動く交番」のような運用もなされています。
  ツーリズムでは、搭乗すること自体が楽しいのはもちろん、目立つ効果により注目されることで高揚感が増し、そのサービス価値を高めています。こうした効果から、海外の主要都市のほとんどで、Segwayを活用したツアー事業者が登場しています。(五十嵐氏の談話による)

 数 カ月前、開発中の腰掛け式PMを試乗する機会を得ました。スタッフによる説明では「人との調和」、つまり「搭乗者との調和」「周囲との調和」に特徴があるとのことで、これにより「あたかも歩行者であるような振る舞い」ができることを強調されていました。確かに、座り乗りの搭乗スタイルで、かつ両脚の間に収まるコンパクトなサイズといった特徴は、歩行者と同じような視点であり、PM本体の体積も小さいため、Segwayなどと比較すると周囲に対する威圧感は少ないでしょう。

 ところが、その乗り心地は、高齢者でも安心して乗れることを想定したからなのか、加減速の制御をかなり緩やかにした“保守的なチューニング”がなされており、搭乗者の操縦に対する追従性が低い“ヌメヌメ”した動きでした。倒立振子系のPMで見られる“キビキビ”した動きになっていません。移動速度が低いうえ航続距離もかなり短いことを踏まえると、楽しむための乗り物ではないと感じられ、Segwayと同じようなビジネスモデルの構築は困難と感じました。

  ほかにも、A3サイズ相当の投影面積のコンパクト設計を特徴とするPMにも試乗したことがありますが、こちらについても特徴を掴めないままでいます。プラットフォームが小さいため走行性能が低く、必然的に整地のみでの利用に限定されます。転倒などのリスクを考慮すると、屋内環境での利用に制限せざるを得ないでしょう。しかし、そうしてしまうと利用場所がかなり限定されるため、必然的に事業性も限定的なものになるのではと思われます。

リスク管理がいまひとつ、実施目的が不明

  加えて、「実証実験」に取り組む姿勢にも、いくつか課題を感じました。
 1つは、主催者側がリスクコミュニケーションを適切にできていないことです。モビリティに限らず、開発側は高機能であることを示すきらいにありますが、腰掛け式PMの試乗会でも、一例として、参加者(初心者)の前で横移動やバック走行ができるのを示されました。こうした操作は危険事象につながる可能性があり当然、禁止事項として事前に説明しておくべきなのですが、これでは助長しているようなものです(動画は参考)。さらに、ハンズフリーであるためスマートフォンを見ながら操縦できることも説明されていましたが、スマートフォンを操作しながら自転車の事故が問題視されている昨今の状況においては、モビリティメーカーからの説明としては違和感をおぼえました。

動画 「Robin-M1」を開発元となる中国Robstep Robot社のプロモーション動画の1つ。高機能であることを示したものだが、本来、このような危険行為を誘発するような動画は公開を控えるべきである。参考として掲載した。

  この試乗会では、全体的に禁止事項の説明が足りていないように感じました。例えば、PM本体の持ち上げを防ぐために「椅子の下を持たない」ことを伝えるべきだったでしょう。倒立振子系のPMは、ジャイロセンサなどで得た情報でタイヤを回転させて絶えず制御しています。そのためタイヤが地面から浮いてしまうと、正常に制御できないためにタイヤ急回転し、危険状態になります。私はこうした危険事象に至ることを経験的に理解していたので、腰掛け式のPMを持ち上げてしまいそうになったときに、転倒しないようPM本体を押さえることで事なきを得ましたが、何も知らないような初心者では転倒していた可能性を否定できません。
 (なお、Segwayではこのような異常状態を検知すると、すぐに停止する機能が実装されています。また、マニュアルにも「制御時は持ち上げるな」と記載があり、自重が約50㎏あるため持ち上げること自体が困難です。)

  スタッフの方が監視することで危険事象を未然に防ごうとする意図が伝わってきましたが、本来は、こうした使用要件や合理的予見可能な誤使用などは説明されておくべきです。一連のリスクコミュニケーションを通じて、そもそもリスクアセスメントが不十分であるために行われなかったのではないかと推測されました。

  もう1つの問題は、実証実験の目的が明確でないことです。実証実験は、一般に新製品や新技術などを実際の場面で使用し、実用化に向けての問題点を検証することと説明されます。技術検証ばかりに目が行きがちですが、本来は検討したサービスシステム(ビジネスモデル)の仮説検証も含まれます。仮に、具体的なサービスシステムをイメージできるレベルに到達していないというのであれば、エスノグラフィ(Ethnography)などを取り入れ、行動観察を通じて参加者のビヘイビア(搭乗スタイル)などを定性的に捉え、その構築につなげることが求められます。ところが、先の腰掛け式PMの試乗会では、そうした活動はなされていませんでした。

 これ以前に、開発企業以外にも複数プレーヤーが主催者に名を連ねていた腰掛け式のPMの試乗会では『実証実験』『試乗会』『イベント』・・・と、それぞれに異なる表現(目的)を口にしていました。この手の実証実験をするのであれば、何のために実施するのかを、主催者内で合意をとる活動が必要であったと思います。

“動く椅子”が最大にして唯一の特徴

 ここまで課題ばかりを述べてきましたが、腰掛け式PMを例にPMの事業化を考察してみます。走行性能などを考慮すると屋内利用に限定され、Segwayのような「B to C」ビジネスの成立は困難という判断から、屋内向け「B to B to C」ビジネスをターゲットにします。

  まず、以下のイラストを見てください。試乗会の終了後に観察したシーンを描いたもので、疲れたからなのでしょうか、スタッフが後方で腰掛け式PMに座り込んだり、座った状態で他のスタッフと談笑したりしていました。つまり、この瞬間では、モビリティではなく椅子として使用しているのです。このような“座りたいときに座れる”というのが、他のPMにはない最大にして唯一の特徴であり、単純に“動く椅子”と定義してしまえば、事業化へのヒントが掴めそうです。そこで、一案として考えられるのが、大規模ミュージアム内でのシェアリングを前提とした移動サービスです(*2)

*2:すでに開発メーカーさんで検討されていたと想像されますが、私としては、腰掛け式PMのの最大の特徴はやはり“動く椅子”であり、その特徴を生かしたサービスと捉えています。(五十嵐氏の談話による)

pm_ilust.PNG

イラスト 腰掛け式パーソナルモビリティの試乗会で目撃したシーン。モビリティではなく、椅子として使用している。ここに事業化のヒントがあるかもしれない。

 例えば、米Smithsonian Museum(国立スミソニアン博物館)などでは、今年の夏頃からAndroid(アンドロイド)OS向けの「インドアGoogleマップ」(利用可能な場所一覧)機能により、スマホで館内地図を参照しながらの拝観が可能になっています。腰掛け式PMにはスマホとの連携機能があるようですから、移動用ガジェットとしてインドアGoogleマップと併用して移動してもらい、歩きたくなったら館内のシェアリングステーションに乗り捨てて徒歩で移動してもらい、さらに、疲れたら休憩のためのシェアリングステーションから再び借りて、椅子として使ってもらうという“緩い移動サービス”から始められそうです。

  こ のようなサービスであれば、各ミュージアムに数十台~100台あるいは200台程度を配置できるでしょうし、仮に、初回サービス料を、腰掛け式PMの講習料(インストラクション料)込みで5,000円、次回以降は1時間あたり2,000円で提供したとすると、1日200~300人の利用者がいれば、1ミュージムにつき年間数億円の売上が見込まれます(なお、Smithsonian Museumなどは入場料は無料)。

  初期の事業スタイルは、ミュージアム側の負担を軽減するため、腰掛け式PMはリースまたはレンタルで提供が望ましいと思います。また、大前提として利用者(入場者)がほしいのは腰掛け式PMというハードではなく、移動というサービスです。したがって、腰掛け式PMを運用するためのシステム構築から保守までを担うSI事業の発想が必要でしょうし、また、位置情報サービスとの連携によるリッチな移動サービスの提供(コンテンツの制作を含む)に向け、各ミュージアムやSI事業者と協業する体制づくりも求められますが、すでに位置情報サービスは各種事業化が見込まれているようなので、これらとの連携があれば、モビリティの事業化も可能かと思います。

 なお 、このような事業モデルでは、従来のクルマというハード売りにはない、発想の転換が求められることも付け加えておきます(*3)

*3:一時のゲーム機や、最近であれば米Amazon社の「Kindle(キンドル)」のように、ハードではなく、コンテンツで収益をあげる事業モデルを模索することも、今後のPM事業では求められるはずです。(五十嵐氏の談話による)

事業化に向けた覚悟を

  “動く椅子”と定義してみることで事業化を検討してみましたが、これを国内大手自動車メーカーが担える事業規模になり得るのか?と聞かれると、「厳しい」といわざるを得ません。
 仮に事業化できたとしても、提示した事業モデルで得られる売上高は、ワールドワイドで年間、数億円程度です。自動車メーカーが抱えるには小さな事業規模であり、専門の別会社を設立し、事業移管しなければ継続できないと容易に想像されるからです(ただし、人型ロボットのようにプロモーション活動のための事業として割り切ることができれば可能性はあるとは思います)。

 また、仮に「B to C」ビジネスが成立するような用途を見出したとしても、Segwayですら販売実績は、発表後10年間でワールドワイドで約20万台です。同程度の販売台数を見込めば、単純に年間2万台を売れるでしょうが、走行性能が低い(=屋内走行に限定される)PMがそれ以上に売れるとは考えにくいです。クルマという高価なハードを扱う自動車メーカーが扱える商材になりにくいという理由もあります。

 さらに付け加えると、このような倒立振子系PMは構造上、転倒のリスクを抱えており、リスクコミュニケーションを通じて残留リスクの引き継ぎを適切に行っていたとしても、説明責任のためのアシュアランスケースを的確に作成していたとしても、大企業であれば裁判などのリスクも想定されます。

 事業化できるか否かは、実際に上市してみなければわかりませんが、屋外走行の規制が緩い海外市場から展開するにしても、早期に販売に踏み切らないといけないでしょう。
 例えば、中国市場ではSegwayの模倣と思われるPMに「WindRunner」(Beijing Borch prosperity Technology社)や「Chegway」(Yantai Rijiang Electric社ほか)が、トヨタ自動車の「Winglet(ウィングレット)の模倣と思われる「Robin-M1」(Robstep Robot社)がそれぞれ販売されており、さらに、腰掛け式PMも「T-ROBOT」シリーズ(上海新世紀機器人有限公司)として展開されています()。そして、WindRunnerが2,700~3,000米ドル(21万1,950~23万5,500円)、Chegwayが3,800~4,000米ドル(29万8,300~31万4,000円)、Robin-M1が2,000米ドル(=15万7,000円)と低価格で提供されており、いくら日本製が高機能であり、かつリスクが低いPMであったとしても、同等程度の低価格で販売せざるを得ないでしょう。

pm_fig.png

 中国製パーソナルモビリティの一例。中でも、上海新世紀機器人有限公司が熱心に開発に取り組んでおり、Wingletを模倣した「i-ROBOT」シリーズや、腰掛け式の「T-ROBOT」シリーズを展開している。

 加えて、後発になればなるほど、お掃除ロボットのように、市場での勝敗がすでに決した中での事業展開を強いられることになります(一定程度の売上を求めて事業展開をするという経営判断もあるでしょうが)。
 したがって、大手企業では経営的な判断が遅れるほど、事業化の可能性を自ら小さくするのは明らかであり、開発企業の経営側には、早期に事業化の有無をつける覚悟が求められているといえます。

 一方、大手自動車メーカー以外に目を向けると、熱意を持って活動しているモビリティベンチャーがいくつかあります。「WHILL(ウィル)」や「グリーンロードモータース(GLM)」などがその一例で、大手企業側からすれば、まだまだ力不足に見えるかもしれませんが、国内の法規制の問題や行政の目的意識の喪失、さらには昨今の“大企業病”などを踏まえると、こうしたベンチャーの活動にも期待したいと強く感じています。  (談)


●プロフィール

五十嵐 広希さん (IGARASHI Hiroki)

電気通信大学 博士課程後期に在籍し、移動ロボットなどの実用化を目的とした実証実験のリスクマネジメント手法などについて研究中。
2001年、ヒューマノイドロボット「PINO」などの開発に従事し、2002年より日本SGIにてマネキン型ロボット「Palette」の企画や、研究用移動ロボットの企画開発や販売や、移動ロボットを用いたSI事業などに従事。2007年からは「次世代ロボット知能化技術開発プロジェクト」にてコンソーシアムの立ち上げから移動ロボットの開発などを担当。2009年より京都大学研究員を経て現在に至る。
「自律移動ロボットを日本の公道で動かすなら、欧米並みにSegwayぐらいは走れる道路や都市環境などの整備や、安全に対する文化面からの改善も必要」という現状分析から、自転車を中心とした道路政策の課題を踏まえた街づくり、移動ロボットを導入するためのリスクコミュニケーションなどについて検討し、各種パーソナルモビリティについての動向調査などを行う。




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