インタビュー:話題の人に聞く

  東日本大震災ならびに福島原発災害の発生以来、災害対応ロボットの開発および配備の必要性が指摘されている。しかしながら、国家財政が逼迫する中で、被災地の復興・復旧や震災被災者および災害被害者への補償が求められており、災害対応ロボットに対し十分な投資がなされるとは考えにくい。今回、経験した復旧活動をもとに災害対応ロボットを含む災害復旧システムおよびソリューションを構築し、海外展開を図ることで経済復興の一助とするぐらいの意気込みで臨まなければならない。
  ただ、ここで気になるのが次世代ロボットの輸出の可否である。特に遠隔操作型の災害対応ロボットは軍事転用しやすく、海外展開に当たり何らかのリスクを伴うことが予見される。これにかかる法的な課題について、花水木法律事務所の小林正啓弁護士に聞いた。ロボットに限らず、わが国の法体系が及ぼす国際競争力にも言及してもらっている。

 ※本稿で使用する次世代ロボットは、すでに海外展開されている「産業用ロボット」以外という広義の意味で使用している。

輸出の可否が不明なことに問題がある

 「わが国は輸出規制が厳しいので次世代ロボットを輸出できない―」。
 こう考えている方が非常に多い。決して間違いではないが、本質的な問題は、このような先端製品は規制対象として明文化されていないため、輸出できるか否かがわからないこと。結果、多くの企業がこうした状況をリスクと捉え、先端技術を駆使した製品開発および海外展開を躊躇していると想像される。特に、次世代ロボットおよび関連要素技術は軍事転用しやすいことから、そうした状況は開発の障壁になっているだろう。このように、わが国は輸出立国でありながら、法体系が輸出の障害になっていることに大きな問題を感じている。

 わが国の輸出規制に関する法令として「外国為替及び外国貿易法」(外為法)がよく知られていると思う。「日本国憲法」では明文化されていないものの輸出の自由が保障されており、外為法でも“原則自由”というスタンスをとっている。そして、具体的な規制対象は「輸出貿易管理令」や「外国為替令」など政省令(政令・省令)に委ねている。
 ところが、外為法と政省令との関係性が厄介で、非常に簡単にいうと、政省令ではすべての工業製品をいったん輸出禁止とし、例外許可条件を定めることで輸出可能としている。つまり、外為法では“原則自由・例外許可”、それを受ける政省令は“原則禁止・例外許可”というスタンスをそれぞれとっており、さらに、例外許可条件を政省令・通達で多重に規定されるという非常にわかりにくい構造になっている。

 法解釈上の技術力が要求されるのだが、つまるところ、政省令・通達を行う官僚に膨大な認可権限が留保されており、経産官僚のさじ加減ひとつで輸出できるか否かが決まっている。これがわが国の輸出規制の実態である。

 では、経産官僚が頭ごなしに認可しないかというと、決してそうではなく、多くの場合、開発・製造した製品に対して輸出許可を与えている。例えば、販売先が国際テロ組織「アルカイダ」のように、よほどのことがない限りは。しかし、製造前の企画・設計段階にある次世代ロボットについて、輸出が許可されるか否かを問い合わせても、明確な回答はないだろう。結果、冒頭のような誤解につながっていると思われる。

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例えば、テムザックは2008年に韓国・知識経済部と韓国進出時に優遇措置を受ける覚書を交わした際、ある省庁から同社の遠隔操作技術の取り扱いおよび海外展開についてクギを刺されたと明かす。写真左は2008年4月にMOUを交わしたときのもの、写真右は、遠隔操作も可能な災害対応ロボット「T-53 援竜」

 このような法規制は、憲法違反であるとの指摘も十分ありうるところだ。わが国は平和主義と同時に自由貿易体制をとる国家であり、先に述べたように、経済活動の自由の一環として輸出の自由が憲法上保障されているからである。しかしながら、戦後65年以上にもわたり、このような法制度の下で経済活動を展開しており、いまさら「憲法違反!」などと訴えても致し方ないのである。

遠隔操作式の災害対応ロボは輸出可能か

 ここからは、具体的なロボットを例に、外為法の輸出規制の対象になるか、また、何らかの規制対象に盛り込まれることに法解釈上問題がないかを考察してみる。東日本大震災および福島原発災害の発生以来、何かと話題となっている遠隔操作式の(クローラ型)災害対応ロボットを例に検討する。これを取り上げた理由は、レスキュー隊員に代わって危険地所を先行探査したり、建物や瓦礫の中から被災者を見つけ出したりするための技術は、偵察ロボットの技術と類似しており、その気になれば容易に軍事転用できるからである。

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写真は、クローラ型の災害対応ロボットの代表例として掲載した。本文で議論しているような輸出を検討しているわけではない。写真左はQuince(クインス)、写真右はUMRS2009

  外為法では「貨物の輸出」(48条)および「技術の提供(役務)」(25条)を規制対象としており、規制の種類として「リスト規制」と、後述する「キャッチオール規制」がある。ロボットに関連する規制対象として明文化されているのは、リスト規制の貨物に当たる原子炉関係のロボット〔輸出貿易管理令別表第1の2の(15)、第1の6の(7)〕ぐらいで、冒頭で述べたように、規制対象として具体的なロボットは明文化されていない。そこで、災害対応ロボットの機能に着目して参照すると、階段など自律的に昇降する機能を有することから、輸出貿易管理令別表第1の1の(7)で規定された「軍用車両」に該当する可能性が否定できない。

 ただし、そもそも災害対応ロボットは「車両」に該当するのかと疑問が持たれるが、外為法では「車両」を定義するための規定が存在しない。例えば、道路交通法2条では「車両」の定義規約が設けられており、ここでは人が搭乗することを前提としている。通常、人が搭乗しない災害対応ロボットは、たとえ移動手段にクローラや車輪を利用していたとしても「車両」に該当しないと解釈される余地がある。

  また、災害対応ロボットを「ロボット」と解釈する正当性も問題になる。経済産業省では輸出貿易管理令別表1の2(15)の「ロボット」について、ロボットの定義を次のように規定している。

 「マニピュレーション機構であって、CP制御又はPTP制御のいずれかによるもののうち(センサーを有するものを含む)、次の全てに該当するものをいう。イ 多機能である。ロ 三次元空間を自由に動くことにより、材料、部品、工具又は特別装置の位置決め又は方位決めが可能である。ハ 閉ループ又は開ループのサーボ装置(ステッピングモーターを組み込んだものを含む)を3以上有する。ニ 教示若しくはプレイバック方法により、又はプログラム可能なロジックコントローラとして用いる電子計算機により、メカニカルな介在なしで、利用者によるプログラム書換えを可能とする機能を有する」

 この定義によると、「階段などを自律的に昇降できるロボット」は2次元空間を平面的に移動するだけであり、経産省の解釈上では「ロボット」に該当しない可能性がある。

  さらに、上述のような法解釈によりロボットを、規制対象となる「軍用車両」に含めることの正当性についても検討しておく。経産省の解釈によれば、軍用車両とは「装輪又は装軌式の軍用ロボットを含む。但し対人地雷除去機を除く」とされている。法文の厳格解釈を要求する罪刑法定主義の立場からすれば、他の条項では法律上「ロボット」を規制対象としていることからすると単に「軍用車両」と規定している以上、そこにロボットを含まないと解釈する方が正当と考える余地がある。先に述べたように、ロボットの定義が曖昧であればこそなおさらである。

  このように、災害対応ロボットは、軍用車両に該当する可能性は低く、かつ軍用車両に含めないと解釈するのが正当と考えられる。実際、国際レスキューシステム研究機構(IRS)が開発した災害対応ロボットなどが米国に自由に持ち込んで、実証実験を行っていることを踏まえても、よほどのことがない限りは、輸出規制の対象になる可能性は高くないと考えられる(軍事レベルにまでつくり込まれていないという理由があると考えられるが)。
  ただ、災害対応ロボットをはじめ次世代ロボットを輸出規制の対象にするのであれば本来、立法的に解決を行うとともに明確な定義規定を設けるのが筋であり、経産官僚しか意味が通じないような、法解釈上の技術力が要求される現状は好ましい姿とはいい難い。

 なお、先にあげたキャッチオール規制とは、「リスト規制」の対象となっている貨物・技術以外でも、ユーザーや用途から大量破壊兵器の開発などに使われるおそれの有無を見定めることを目的に、貨物や技術の輸出および提供を規制する規定である。貨物については輸出貿易管理令第4条3項が、技術提供については外国為替令17条及び別表の16が定めている。経産省の省令(輸出貨物が核兵器等の開発等のために用いられるおそれがある場合を定める省令)で規定されるものが規制対象となり、また、省令に規定がなくても「その貨物が核兵器等の開発等のために用いられるおそれがあるものとして経済産業大臣から許可の申請をすべき旨の通知を受けたとき」(輸出貿易管理令4条3項ロ)には、輸出に経済産業大臣の許可が求められる。
 リスト規制では対象地域の限定がないのに対し、キャッチオール規制では米国や韓国、EU各国ほか計26カ国が対象地域外となっている。

高い輸出障壁を課して国際競争力を弱める国

  遠隔操作式の災害対応ロボットが輸出規制の対象になる可能性は低いといえるだろうが、このようなシステムの海外展開はリスクを伴う可能性を否定できない。すでに指摘した通り、国内市場で採算が取れる商品開発であれば、輸出できなくてもリスクは少ないが、海外展開しなければ採算が取れない商品の場合、輸出が可能であることや、輸出許可に要する様々なコストが事前に予測できなければ、企業は、その不確実性をリスクと捉え、商品開発を躊躇せざるを得ないからである。

  この問題はロボットや遠隔操作式のシステムに限った話ではない。先に述べた例外許可条件のように、行政府が幾重にも法体系をつくり上げており、それにがんじがらめにされている結果、先端技術を駆使した製品開発や海外展開をしようにもできない状況に追い込まれている。例えるなら、相次ぐ増改築により、ベテランの仲居さんでないとどこに何があるのかがわからない老舗旅館のような状態で、ベテランの仲居さんである担当官僚の協力を仰ぎつつ、立法府が法体系を改革しない限りは、わが国の工業製品の国際競争力を低下させるばかりだ。

 また、これは単純に「官対民」という話ではなく、規制を生かして業界内での地位の確保につなげているケースもある。
 例えば、わが国の工作機械は軍事転用が可能であることから、そのリスクを低減するために「移設検知装置」を搭載している。移設に伴う機械の振動を検知すると使用できなくする装置で、再稼働するためには、工作機械メーカーの担当者が据え付け先を確認し、問題がなければ解除用パスワードの発行・再入力を行うことが求められる。2000年以降、大手工作機械メーカーが相次いで導入しており、その設置が輸出許可の条件となっている場合がある。

 この場合、中小工作機械メーカーは移設検知装置自体のコストに加え、担当者の海外派遣にかかるコストに耐えられないことから、導入することができず、大手工作機械メーカーとの輸出競争に敗れている可能性が否定できない。せっかく高性能な工作機械を開発しても、機械そのものの性能ではないところで競争に敗れてしまい、業界内での序列が決まっている。このようなかたちでの業界内でのランキングの固定は、長期的にはわが国の技術力の低下につながると懸念される。

 このように、わが国は「輸出立国」でありながら、高い輸出障壁を自らに課して国際競争力を下げている。次世代ロボットもその1つで、その輸出にはリスクを伴うため、開発はおろか商品企画の立案すらままならない。冒頭で述べたように、ここに大きな問題を感じている。だからこそ、抜本的な法改革がいま求められているのである。
 なお、既述の「軍用車両」の定義でなされている「対人地雷除去機」のように、次世代ロボットも個別突破で適用除外にする方法があるのではと指摘される方がいるかもしれないが、ただでさえ複雑な法体系を余計に複雑にするだけであり、有効な方法とは考えられない。 (談)


【参考文献】
1)小林正啓,次世代ロボットと武器輸出規制について(1),花水木法律事務所ブログ,2007.
2)小林正啓,次世代ロボットと武器輸出規制について(2),花水木法律事務所ブログ,2007.
3)小林正啓,次世代ロボットと武器輸出規制について(3),花水木法律事務所ブログ,2007.
4)小林正啓,次世代ロボットと武器輸出規制について(4),花水木法律事務所ブログ,2007.
5)小林正啓,次世代ロボットと武器輸出規制について(5),花水木法律事務所ブログ,2007.
6)小林正啓,移設検知装置について,花水木法律事務所ブログ,2010.

花水木法律事務所ブログ 


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da-vinci-s-hd-2_1.jpg愛知県の藤田保健衛生大学病院では、2008年末に手術支援ロボット「da Vinci(ダ・ヴィンチ)」の最新モデル「同S HD」をわが国で初めて導入し(*1)、1月14日~2月3日にかけて3例の手術を実施した。わが国では、手術ロボットは薬事法上、医療器具として承認されていない。同病院では患者負担などを考慮して、15例までは病院側の負担で手術を行うことを表明している。
現時点では病院経営への寄与を期待するのが難しいにもかかわらず、導入に至った背景を、同大学 医学部 外科学講座の宇山一朗主任教授に聞いた。また、実際にda Vinciを使って執刀した体験から、手術ロボットの利点も話してもらった。

*1:わが国では現時点では、九州大学、国立循環器センター、金沢大学、東京医大、藤田保健衛生大学病院の5施設で導入されている。最新モデルのda Vinci S HDを導入したのは藤田保健衛生大学病院が初めてとなる。同病院では1月14日に1例目を、1月21日に2例目を、そして2月3日に3例目を実施した。

――まず今回、da Vinci(ダ・ヴィンチ)の導入に至った背景から聞かせてほしい。

 10年ほど前に、慶応大学と九州大学で第1世代機「da Vinci 1000」を用いて知見がなされていた。当時、慶応大学に所属していたので、その存在は気になっていた。
 一般に腹腔鏡手術では、手術に用いる鉗子は直線的な動きか円方向の動きしかできないため、縫合には高いスキルが必要される。かたやda Vinciは、人の手首に相当する自由度を鉗子などが備えており、縫合に適していると考えられていた。かなり話題になっていた。
 しかしながら、そのためだけに数億円を投資して導入するのは割に合わないし、また第1世代機は、われわれの腹腔鏡手術を凌駕する技術レベルには思われなかったので、私個人としては強く興味を抱くことはなかった。不要だと思っていた。

 その後、私の友人である韓国・ヨンセイ大学のDr.Hyungを通じて、第2世代機「da Vinci 1200」を見せてもらう機会を得た。3~4年ぐらい前のことだ。第1世代機からかなり進化しており、『いずれは利用することになるのだろう・・・』と、手術ロボットへの考えを改めるきっかけになった。
 しかしながら、数億円の投資をしてまで薬事法上未承認の医療器具を導入する気にはなれなかった。韓国では混合診療〔保険診療に保険外診療(自由診療)の併用〕が事実上行われている実情とは異なり、わが国では認可されていないため、なおさらそう思えた。

 ところが昨年当たりから、同大学では外科や泌尿器科、婦人科など複数の診療科で、複数台のda Vinciを積極的に活用している話しを耳にした。また、Dr.Hyungからライブ手術のコメンテイターを依頼され、第3世代機となる「da Vinci S」を目の当たりにしてからは、導入を考えるようになった。手術ロボットの運用でわが国が完全に遅れているという危機感を抱くと同時に、機能強化がなされた第3世代機を利用することに大きな価値がある、と感じたからである。
 特に消化外科領域の手術では、国内ではまだ手術ロボットを適用していないので、リスクを伴うかもしないが、使ってみたいと考えた。このような紆余曲折を経て、導入を決意したわけである。

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da-vinci-s-hd-2_4.jpg da Vinciは、おもに鉗子やメスなどの手術器具「EndoWrist」を取り付けるロボットアームからなる「Patient Cart」(写真左・写真中央:背面から撮影)と、操作を行う「Surgeon Console」(写真右)、助手用のモニターなどがある「Vision Cart」から構成される。EndoWristを取り付けた3本のロボットアームと内視鏡を挿入し、術者がSurgeon Consoleで内視鏡による画像を見ながら操作を行う。いわゆるマスター・スレーブシステムである。
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 ボットアームは内視鏡用を除いて計3本あり、術者は3本のうち2本を選択して手術を行う。フットスイッチで使用するロボットアームを切り替える。

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Surgeon Consoleを正面から見た様子(写真左)。術者は左眼用と右眼用のモニターをのぞき込み、左右のハンドルを操作して手術を行う。ハンドルにある黒と白の2つの輪に指を入れて操作する。摘む動作と回転方向の動きが行える。

――導入に向けて、具体的にはどのように準備を進めたのか?

 真剣に導入を考えたのは2008年7月頃で、9月には導入に向けた計画書を病院側に提出した。10月の半ばには病院の許可が下り、購入に至った。ただし薬事法上、未承認の医療器具なので個人輸入というかたちで購入し、12月になんとか納品された。

 da Vinciの開発販売元である米Intuitive Surgical,Inc(IS社)は、サーティフィケーション(認定)トレーニングを受けないと使用できないことにしている。知識のない人に利用されて万一、医療事故が発生するようでは、手術ロボットが普及しないと考えたからだと思う。
 トレーニングは、4人1組(外科医2名、看護師1名、臨床検査技師1名)で3日間受けることになっている。da Vinciによる手術は、看護師や臨床検査技師が「Patient Cart」を患者近傍に設置し、術者が「Surgeonコンソール」で遠隔操作をし、助手がロボットアームに「EndoWrist」と呼ばれる手術器具を設置・交換しながら進められるチーム医療が必要だからである。1日目は、IS社が認定した米国の医療機関でda Vinciによる手術を見学。2~3日目は、da Vinciの説明を受けた後、ブタを使って臓器の摘出や自身が専門とする領域の手術を経験した。
 帰国した後も、スターターキットを使ったトレーニングを病院内で行い、12月中旬には準備を整えることができた。

 da Vinciでは1台当たりの保守料として年間約2,500万円を支払うが、認定を受けた人が使うことを条件に、ソフトウエアのバージョンアップをはじめフルメントナンスをしてくれる。そんな事情もあり、このような厳しいトレーニング・システムを導入しているだろう。

――薬事法上未承認の医療機器を導入するのは当然、相当ハードルが高かったと思うが・・・?

 韓国のように混合診療を実施することができないので、自費診療にならざるを得ない。導入時には非常に大きな問題になった。
 では、どのような条件で手術を実施しているのかと言うと、院内倫理委員会の承認を得たうえでインフォームド・コンセント(IC)を得た患者に対し、15例までは病院負担で行うことにしている。厳密には、食事代や病衣など保険対象外の部分は除くが。
 自費診療になると、病院側の利益を除いても、患者さんの負担は200万~300万円程度になる。減価償却を考えると300万~400万円程度になるだろう。それだけの金額を負担できる患者さんはいるだろうが、それ以前に、まだda Vinciを使った手術に不慣れであるにもかかわらず、患者さんに高額な負担を強いるのはいかがなものか? という考えがあった。格安で行うか、病院負担で行うかのいずれかでないと実施は困難と考え、上述の条件を病院側に提示したところ了承を得た。
 また経験不足から、仮に、da Vinciによる手術から開腹手術に移行するようなことがあっても、このような条件であれば、患者さんもda Vinciによる手術を前向きに検討してくれる、と考えていたこともある。
 15例もの手術も病院負担で行うというのは数千万円の損失につながるので、病院側としては大英断だったと思う。でも、そのお陰でスムーズに手術を実施することができ、病院側には非常に感謝している。

 昨年4月から、薬事法承認前の医療機器の混合診療を一部認める「高度医療評価制度(*2)」がスタートしているので現在、その申請を検討している。認定されれば混合診療が行えるので、なんとか認められるようにしたい。ひと足早くda Vinciを導入している東京医大(*3)さんでは、昨年12月に認定を受けたと聞いている。

*2:薬事法の承認が得られていない医薬品や医療機器の使用を伴うような先進的な医療技術を、一定の要件のもと「高度医療」として認め、保険診療と併用(混合診療)できることを認めた制度。薬事法上の承認申請などにつながる科学的評価可能なデータ収集の迅速化を図ることを目的としている。
*3:東京医科大学では、わが国ではいち早く前立腺ガンの全摘手術にda Vinciを利用している。前立腺は、膀胱(ぼうこう)のすぐ下に位置する、尿道の周囲を取り巻く臓器。周囲には静脈が編み目のように走っている。また、すぐ近くには尿の漏れを防ぐ尿道括約筋があり、両側には前立腺に貼り付くように勃起をつかさどる神経が走っている。前立腺ガンの全摘手術は出血を抑え、かつ神経の温存が難しいとされ、ロボット手術に適していると言われる。米国では前立腺全摘手術の7割程度で、手術ロボットが利用されているという。

――1月14日にはda Vinciを使った手術を初めて実施したが、導入から実施までが非常に早い。手術を受ける患者の条件および選定などは、かなり事前から進めていたのか?

 da Vinciが納品された12月の段階で、自分の中では患者さんの絞り込みを行っていた。経験不足から手術時間が長くなっても不利益を被らないような方を選定していたので、倫理委員会の許可を得た翌月の1月には手術を行うことができた。
 患者さんの条件は、早期ガンで、大きな余病を持っていないこと。私の事前の説明を聞いて納得してもらえる、ロボット手術に抵抗のない人とした。リスクの低い患者さんを対象にしている。

 ただし、da Vinciを導入した以上、現在の腹腔鏡手術では困難な手術を実施できるようにならなければ意味がない。最初の5例は早期ガンの患者を対象にしているが、次の5例は進行ガンで、残りの5例は、より広範囲な手術となる食道ガンで実施することを予定している。
 もちろん、私が意図した通りにda Vinciに慣れるかどうかという問題があるので、5例を実施した段階で、進行ガンの手術に適用してもよいかどうかを自己評価する。結果、トレーニングが必要と判断されれば再度行うし、場合によっては15例すべてを、早期ガンを対象に実施することもある。

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da-vinci-s-hd-2_11.jpg 術者はSurgeon Consoleのモニターを見ながらロボットアームを操作して手術を行う。その間、助手などはEndoWristの交換などを行う。

――2月3日に3例目の手術を実施したが、da Vinciを利用することのメリットをどのように捉えているか?

 もともと「内視鏡手術支援ロボット」と呼ばれているぐらいだから、現在の腹腔鏡手術、内視鏡手術の弱点を補える点に特徴がある。
 腹腔鏡手術は、患者さんの腹部にトロッカーを挿し、そこに内視鏡や鉗子などの手術器具を挿入して、モニター画面を見ながら操作して行う。鉗子には自由度がないため直線的な動作しかできないし、トロッカーに沿って円方向にしか動かすことができない。これに対し、da Vinciの手術器具「EndoWrist」には7自由度があり、しかも、人間の手よりも広い稼働範囲を持つ。

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da Vinciで用いるEndoWristの一例。微小の電気メスや鉗子など30種類程度の器具がある。da Vinciで使用する鉗子は、組織を摘んだり針を把持したりすることができる。人間の手を手首の巧みさを模倣する7自由度を持つとされる。また、セミ・ディスポ(使い捨て)鉗子となっており、10回使用するとロボットアームが動作しないように設計されている。コンピュータ側で監視を行っている。

 搭載する内視鏡は左眼用と右眼用の光学系レンズを搭載しており、体内を3次元の立体画像で鮮明に見ることができる。奥行き情報が得られるので、鉗子で手術糸を取り損ねるようなことがない。

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内視鏡には右眼用と左眼用、2D用の3つの光学系レンズを搭載。3D映像と2D映像に切り替えることができる。3D観察では、視差のある右眼用と左眼用のカメラで捉えた映像をSurgeon Consoleの左右のモニターに投影し、術者が同時観察することで立体画像が得られる。写真は、助手用の映像で3D映像ではない。写っている臓器は胃結腸間膜。

 また、より精密な手術が行える点も大きな特徴である。スケーリング機能という縮尺機能を用いることで、例えば10cmを動かしても2cmしか動かないという具合に、実際に手の動きよりも最大1/5(ウルトラファインの状態)まで縮小して動かすことができる。手振れ防止機能を有しているので、人間では困難な微細な動きが行える。
 さらに、第3世代機はアームがスリムになったので鉗子の干渉が少ないし、当院が導入したda Vinci S HDはデジタルズーム機能を備えているので、カメラを近づけなくてもズームができ、鮮明に体内を観察できる。超音波凝固切開などを行うと水しぶきが飛び、レンズを曇らせることがある。それがボディブローのように手術のリズムを狂わすことがあるが、そうした心配が極めて少ない。
 加えて、腹腔鏡手術はスキルに差が生じやすく、da Vinciの利用は、それを埋める効果があると考えられる。

 導入したメリットはあると思うし、実施した手術はうまくできたと思っている。しかしながら現段階では、腹腔鏡手術との優位性はわからない。私自身の慣れの問題があってda Vinciの機能を十分発揮できていないからだろうが、経験を積めば、もっとメリットを感じられると思う(*4)

 このような特徴がある反面、da Vinciには触覚がないという欠点がある。一般の腹腔鏡手術では鉗子を通じて、硬いとか柔らかいとかが判断できるが、それができない。現在、鉗子の抵抗値を計測し、それを操作ハンドルに伝える研究がなされていると聞く。近い将来には触覚が搭載され、より直感的に扱えるシステムになっているのではないかと思う。
*4:「da Vinciがいくら進化しても、手術の自動化は不可能だろう」と、宇山教授は話す。「工業製品と異なり、人間の身体には個体差があり、すべてのパターンをあらかじめプログラミングするのは難い。それを埋め合わせるためには術者の能力が必須であり、手術ロボットでありながらも、オートマチックな存在にはなり得ないのでは」と説明する。

――このような現場のメリットに対し、大きな投資をした病院側は、da Vinciの導入により経営上どのようなメリットを感じているのか?

 今回の導入には約3億円を要している。da Vinci本体が約2億5,000万円。年間保守料が約2,500万円、サーティフィケーション・トレーニングに、1人当たり約200万円を要している。さらに15例の手術代を負担することになる。現時点では、減価償却は厳しいと思う。
 しかしながら、当院は腹腔鏡手術では認知されている医療機関であり、東海地区では最も多くの件数を実施している。手術件数は年間1万件を超えている。da Vinciの導入が、どこまで宣伝効果があるのかはわからないが、導入当初はマスコミで取り上げられるし、病院側は多少なりとも、そのような効果を期待しているのではないかと思う。いずれにしても、いまはda Vinciの運用が経営に寄与できることを考えるのは難しい。

 私の考えとしては、自分だけが使うのではなく、泌尿器科や婦人科など他の診療科でも利用し、実績を重ねることで、先進医療の認可を受けられるようにしたい。費用の一部が保険対象になれば患者負担の手術費用を抑えられるし、また、セコムさんなどが先進医療対応の保険を用意しており、これらを利用すれば手術を受けやすくなるはずだ。
 先進医療になれば、愛知県だけではなく他県からも患者さんが訪れるようになり、多くの手術を実施することで減価償却につながるのではないかと思う。だから、病院内での利用を広げていきたい。

――わが国で手術ロボットを導入している医療機関は、藤田保健衛生大学病院を含めて5機関しかない。薬事法で未承認の状態では、普及を期待するのは厳しいか? 手術ロボットの利用において、海外との差がますます開くことが懸念されるが・・・。

 薬事法上未承認であるうちは、仮に先進医療の認可を受けても、手術費用は高額にならざるを得ない。しかも、新しい手術方法なのでリスクを伴うことが懸念される。
 da VinciがCTスキャンやMRIのように、これらがないと医療機関として機能しないような、必須の医療器具ではないという理由もあるだろうが、自費診療でしか使えない医療機器であることが普及を妨げる大きな要因になっている。

da-vinci-s-hd-2_16.jpg 全世界で1,000台以上のda Vinciが使用されており、「手術ロボットの利用で、これ以上海外から遅れをとらないためにも、なるべく早く薬事法で承認してもらいたい」と、宇山主任教授は訴える。

 海外に目を向けるとda Vinciは全世界で1,000台以上が販売されているし、いまでは全世界で1日に1台のペースで売れていると聞く。また、手術ロボットとしての完成度が上がっている。このような事情もあり、機械の安全性に関する日本での治験は必要なく、薬事法の通過にかかる知見は、海外のデータをもとになされると聞いている。また、高度医療評価制度を通過しているということは治験が不要ということでもあり、すみやかに薬事法を通過すれば、普及に向けて道が拓けるだろう。
 というか、そうでないと通過した頃には次世代機が登場していることになりかねないので、認可されるよう信じたい。

――最後に、手術ロボットの普及はいつ頃になると考えるか?

 私は約10年にわたって腹腔鏡手術に取り組み、その普及に多少なりとも寄与できた。ここまではわれわれの仕事で、ロボット手術を本当の意味で普及させるのは次世代の人たちだろう。
 ただし、次世代の人たちが手術ロボットの利用を検討したとしても、立場上このような高額な医療機器を導入してもらったり、経営の上層部と交渉したりするのは難しい。だから、50歳になる手前の、比較的まだ若手と言われるわれわれの世代が、導入することが必要だったと思う。安全に使いこなし、病院レベルで利用を拡大していくうちに、次世代の人たちが引き継いでくれると思う、そうすれば中規模レベルの病院でも本格的に普及していくのだろう。
 今回は病院の理解があって、そのきっかけをつくることができたと思う。また、大学病院レベルでなければ導入は困難であり、当院のような医療機関が率先して取り組むべきことだったと思う。

 いまはda Vinciのような海外製の手術ロボットしかないが、ロボット手術の概念が定着することで、研究開発がなされている国産の手術ロボットも普及していくのではないかと見ている。

■関連サイト
藤田保健衛生大学病院
http://www.fujita-hu.ac.jp/HOSPITAL1/

米Intuitive Surgical,inc
http://www.intuitivesurgical.com/

前回は「第26回 日本ロボット学会学術講演会」にてなされた、産業技術総合研究所 知能システム研究部門 荒井裕彦主任研究員による「次世代ロボットに関する市場調査・市場予測の比較と分析」の講演内容を紹介した。今回は、その比較と分析を行った背景について、研究論文の作成に関わる問題を踏まえて語ってもらう。また、今後のロボット研究が目指すべき方向性についてもコメントしてもらう。 (編集部)

3つの段階を経て検討した

―今回の学会発表では、特に30代の准教授、講師レベルの方への反響が大きかったと聞く。その反応についてどう捉えているか?

 今回、日本ロボット学会学術講演会で発表した内容は、私見というよりむしろ、公開されている市場予測データなどを整理・分析した結果にすぎない。そして、『非製造業分野に進出することにより、ロボット市場は飛躍的に拡大する・・・』という俗説は、根拠のない希望的観測に過ぎないというのが現実であると、改めて確認されただけのことである。

 水面下では同様に考えているロボット関係者も多いが、表立っては誰も発言していないだけ。発表時に、参照した参考文献のすべてを紹介しており、それらを閲覧してもらえれば同様の結論に至るはずだ。特に若い研究者の皆さんには、周囲の空気に流されずに生のデータを自分の目で確かめることを勧めたい。

 講演会の開催に当たり、私の論文発表をどのセッションに組み込むべきか? と、講演会プログラム委員会の方々は悩まれたと聞いている。それでも、このような異色の論文発表を採択した学会にはオープンな雰囲気があると言えるし、感謝したい。

―引用した参考文献の数やボリュームなどを考慮すると、一朝一夕で整理・分析した発表のようには思われない。相当、長期間にわたって考え抜かれたように思われるが?

 今回の論文発表に至るまでには、10年近くにわたる論考がある。とっかかりは「ロボット分野では多くの学術講演会があるのに、どうして役に立たない発表ばかりなのか?」と、疑問に感じたこと。
 一説によると『本当に役立つ研究は1%あるかないか?』と言われている。実際、私はこれまで20年以上にわたってロボットを研究してきたが、自身の技術が実用化された経験がほとんどない。それでも、1人のロボット研究者として認められている。社会への寄与が期待される「工学」として望ましい姿なのだろうかと考えていた。
 そんな傍ら、1990年代後半からのロボットブームがあり、その疑問がより大きなものとなった。これを突き止めてみたいと思い、考え始めた。

―具体的には、どのように論考を進めていったのか?

 大きくは3つの段階を経ている。最初は「ロボティクス論」をいい始め、その中でロボット研究者の行動様式の観察を試みた。次に、2003年頃から学術的ロボット研究における研究目的の虚構性を考え始めた。そして、2006年頃からは非製造業分野におけるロボット(次世代ロボット市場)の捉え方に問題があると考え始め、今回の発表に至っている。

 最初の話をすると、日本ロボット学会などで「ロボティクス論」というオーガナイズドセッションを企画した(図1)。その背景は、今もそうだが、産業界と学会との乖離が危機的状況にあったこと。つまり、アカデミックなロボット研究は盛んで、多くの講演会や研究発表がなされている一方、産業界はバブル経済の崩壊の余波により、ロボット事業から相次いで撤退していたことである(図2)。その傍ら、上述のようにホンダの「ASIMO」やソニーの「AIBO」がマスコミでよく取り上げられ、大きな注目を集めていた。
 ロボティクスの役割が見えにくい時期になっているのではないかと感じ、また、この再点検が必要なのではないかと思い、「ロボティクス論」を企画したわけである。

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図1 学会活動として「ロボティクス論」を企画し議論を実施した

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図2 2000年頃におけるロボティクスの現状。産業界と学界との乖離が危機的状況にあり、今もさほど変わっていない

―ここでいう「ロボティクス論」とは、どのように定義して議論がなされたのか?

 「ロボット論」は、ロボット技術の内容を論じるものであり、ロボットとユーザーとの関わりまでしか見ていない。一方、「ロボティクス論」は、ロボット研究者の人間的な要素も含め、われわれロボット研究者の行動様式、その形成過程や社会との関わりまでを議論するものである(図3)。上述のような社会情勢も捉えるためには、このような見方が必要だった。

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図3 「ロボット論」と「ロボティクス論」との違い

  こういう観点に立つと、ロボティクスの技術内容や知識体系は、必ずしも客観的なものではないことが見えてきた。例えば、研究課題を選択する理由には、技術的な必要性や普遍的な知識の探求という要素があるが、もう1つの隠れた要素として研究者自身の人間的な都合がある。具体的には、研究者自身の学問的背景や利用できる研究資源、研究業績の上げやすさ、学生からの人気・・・などである。ロボット分野では技術的要請や社会的ニーズよりも研究者の都合が優先される場合が多いと思われた(図4)。

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図4  課題設定における恣意性が高く、ロボティクスは客観的かつ公平とはいい難い

 もう1つの問題として、論文システムがロボティクスのあり方に大きな影響を与えているということがある。
 論文システムとは、研究者が学会誌に論文を投稿し、それが査読されて採否が決定される、という制度である。研究成果の評価や研究者の業績査定は論文システムに依存しすぎている。論文が採択されなければ研究者としての生活が危うくなる一方、論文の本数や掲載誌のインパクトファクターが重視されるあまり、研究を行った成果を論文にまとめるのではなく、効率的に論文を書くために研究を行うということが生じている(図5)。

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図5  学術論文を執筆する理由 

 特に、ロボット研究では新規なコンセプトの提案が重視され、それを同じ分野の研究者が興味深く思うかどうかで査読の結果が決まる。その結果、学術的貢献と呼ばれているものが、世の中で役に立つかなどとは関係なく、閉じた研究者集団の中のみで通用する独特の価値観となっていく場合も多いのである(図6)。

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図6 論文システムを媒体としたおもしろさが再生産される仕組み

なぜロボ研究は実用化につながらない? 研究の虚構性

―ここでの論考が、次の段階で研究目的の虚構性という疑問に至るということのようだが・・・?

 最初にいったように、ロボット研究の成果の大半が有効な用途に結び付いていない。学術的研究には成功しても実用的技術には失敗している。ということは、研究目的そのものに問題があり、架空の研究目的がその背景にあるのでは、と考え始めた。

 通常の研究目的は、論文のイントロダクションで説明される。ところが論文の採否に関わる本文の部分と比べると、研究目的は二の次であって、創作された虚構であることが多い(図7)。研究目的には『もっともらしさ』は求められるが、厳密な真偽の検証は要求されないし、論文の採否に影響を与えない。

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図7  学術的研究において、おもしろさが優先されるあまり研究目的に虚構性がある 


 しかし、いったん論文が採択されると、虚構の研究目的までもがオーソライズされてしまう。そればかりか、その研究目的は、類似の研究目的を正当化するのに都合の良いものとなり、再引用が繰り返しなされるようになる。結果、あたかも検証された事実であるような錯覚を引き起こしている(図8)。

 これが学術的論文の世界でとどまっていればまだマシかもしれないが、研究予算や人員の獲得にも日常茶飯事的になされている。そうしないと獲得できないという事情があるのだろうが、みんな平気に行うようになっており、ここに大きな問題を感じている。

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図8 論文に採択されることにより、虚構の研究目的が検証されたかのように錯覚される

―研究目的の虚構性への考察が、やがて次世代ロボット市場に対する過度な期待、その根拠になっている市場予測へと疑問が向かったということになるのか?

 学術講演会でもいったが、『製造分野のロボット市場の頭打ち論』『非製造分野の発展論』は、現在の市場規模から判断すると虚構といわざるを得ない。それでも、多くのロボット研究者が支持するのは、自身の研究の意義を正当化するうえで都合が良いからだ。技術的ハードルを恣意的に設定できるし、社会に有益だからということで、研究投資への根拠にすることもできる。『非製造分野ロボット市場の発展論』は仮説や期待に過ぎないものであり、検証不可能だからこそ、それらを“もっともらしく”行えてしまう(図9)。

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図9 非製造業分野に向けたロボット研究が支持される理由 

 これが虚構であるならば、対抗的な仮説も検討してみる余地があるのではと思い、考えたことが講演会での論考につながっている。対抗的な仮説とは、図10に示した通りである。ここ約20年にわたる市場規模の推移や研究投資の回収状況を見ていると、こちらの方が正しいように思われる。

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図10 対抗的な仮説の検討。ここ約20年の市場規模の推移、研究開発の回収状況をみると、こちらの方が正しく思われる。

―非製造分野のロボット市場、すなわち次世代ロボット市場の捉え方は、その研究開発やビジネスに関わる人たちの間でもまちまちだが、荒井さんの結論は、やはり講演で述べた通りか?

 もちろん、そうである。『非製造業分野に進出することにより、ロボット市場は飛躍的に拡大する』というのは希望的観測に過ぎないと捉えている(図11)。
 また、次世代ロボット市場は、実は全体のパイが小さいと思う。よく『キラーアプリが見つかれば拡大する・・・』という類の話をされる方がいるが、それはすなわち研究開発にかかるリスクが高いことを示している。逆に、ホビーロボットや掃除ロボットのように、有効なアプリが見出されたかと思ったら、みんなそれに傾倒し、あっという間に過当競争になっている。そうした事実を見ると、パイは小さいと考えざるをえない。

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図11 次世代ロボットの市場実態調査・市場予測をもとに判断した、荒井氏の市場予測 

 次世代ロボット市場に対する『期待と現実』、つまり『投資と回収』のギャップを考えると、バブル状態にあるように感じられる。いつかは崩壊するのではと危惧されるし、それこそが“不都合な真実”ではないかと思う(図12)。

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図12  今回、荒井氏が提示したロボット市場に対する見方

――ところで、一般に見られている市場予測に対して自身の予測を出し、しかも予測が外れると没収される、NPO言論責任保証協会に預託金を預けていると聞く。その予測内容はどのようなものであり、また、そこまでする理由は?

 私が提示した予測とは、講演会で発表した内容を踏まえたものである。つまり、『非製造業分野における次世代ロボットの年間単体売り上げの合計は2013年の時点において1,000億円を上回らず、製造業分野の産業用ロボットよりもはるかに小さい市場規模のままである』というものだ。ここでは、恣意的な拡大解釈が可能で、いくらでも市場を大きく見せられるRT(Robot Technology)応用製品は除外している。JARAの市場予測ではこうした概念を持ちだしているが、そもそも製品の定義ができないものをよりどころに予測を行うのはおかしな話である。

 学術講演会での発表を含めて、このような予測を行うからには責任を持たなければならない。だから、同NPOによる言論責任保証事業を適用し預託金を預けたわけである。特別に強い思い入れがあるからではなく、単に何らかの責任を持ちたいと考えたからである。

 本来、こうした予測は一方通行ではなく、何らかのかたちで責任を持つべきである。民間企業による調査であれば信頼を喪失し、ビジネスとして立ちゆかなくなるが、公的機関が出す予測はそうはならない。大きな期待を抱かせる市場予測がなされておきながら、それを根拠に参入した結果、ビジネスが破綻してしまったときに、"自己責任"という一言で片付けられてしまうのは好ましくないと思う。

ロボット研究が目指すべき方向性

―少々後ろ向きな話が続いたが、最後に荒井さんとしては、今後のロボット研究はどのような方向に向かうべきと考えているのか?

 やはり、モノづくり分野へのロボット・メカトロ技術の応用はまだまだ有望であり、また、研究として取り組むべき課題があると思う。成熟産業のように言われるが、むしろ、このような市場の方が次の急成長の可能性があると思う。例えば、携帯電話やデジタルテレビは従来インフラを活用することにより急成長を果たした。同様に、ベースのある産業用ロボットでも、役に立つ技術を開発すれば急速に普及する可能性があると思う。

 ただし、産業用ロボット市場は景気の影響を、特に自動車産業の影響を受けやすい。景気が良いと目の前の製品開発で多忙になり、不景気になると研究投資の余裕がなくなる。ゆえに、大学や研究機関が産業界の"伴走者"として工学的研究の役割を担い、新たなシーズを提供するという良好な関係を築けば、学界と産業界との乖離が解消されると思う。

 また、この分野は研究し尽くされたかというと、まだまだ研究課題がある。例えば、溶接ロボットの研究は、市場規模が約800億円もあるのに、大学や研究機関ではほとんど研究がなされていない。ロボット工学に加え、材料科学や冶金学、プラズマ物理などを研究しなければならないという大学専攻の縦割りの弊害があるからだろうが、エンドエフェクタの先で何が起きているのかということに着目すれば、取り組むべき技術的課題はきっと見える。

 産業用ロボットのみでなく、ロボット技術の応用拡大にも目を向けるべきである。日本で開発され、ここ数年の間に広く普及したサーボプレス機は、精緻な力制御などにより複雑な加工を可能にしたものだが、ロボット研究者もメカトロ研究者も、90年以降にそのような研究がなされていることを知らなかった。もっときちんと産業分野をウォッチしていれば、自分たちロボット研究者の役割を見出すことができたのではないかと思わずにはいられない。
 だから、私はロボット技術を活用した、異形断面形状が成形できるスピニング加工機の開発に取り組んでいる。9月29日に成果発表し、先の「第24回 日本国際工作機械見本市(JIMTOF 2008)」に出展を果たした。

 これら自身の経験から、『製造業にはロボット研究者がこれまで蓄積した技術力を発揮し、世の中で役立つことができる。未踏の領域が無数に存在する!』といえる。また、ほかのロボット研究者の方にも、そう感じてもらい、少しでもこのような方向に進んでくれればと思う。

【参考文献】
1)日本ロボット工業会,“21世紀におけるロボット社会創造のための技術戦略調査報告書”,2001.
2)日本ロボット工業会,“21世紀におけるロボット産業高度化のための課題と役割に関する調査研究 -ロボット産業の長期ビジョン-”,2001.
3)日本ロボット工業会,“マニピュレータ、ロボットに関する企業実態調査報告書”,2007.
4)経済産業省,“「次世代ロボットビジョン懇談会」報告書”,2004.
5)経済産業省,“新産業創造戦略”,2004.
6)経済産業省,“ロボット政策研究会報告書”,2005.
7)総合科学技術会議,“ロボット総合市場調査報告書”,2007.
8)富士キメラ総研,“2004ロボット「コミュニケーション・パートナー)市場総調査”,2004.
9)矢野経済研究所,“2006次世代パーソナルロボット市場”,2006.
10)シード・プランニング,“2006年カラー版 パートナーロボットの最新市場動向と重要技術・キーパーツ動向”,2006.
11)富士経済,“2007ワールドワイドFAロボット/RT関連市場の現状と将来展望”,2007.
12)野村総合研究所,“これから情報・通信市場で何が起こるのか -IT市場ナビゲーター2008年版-”,東洋経済新報社,pp.378-pp.384,2008.
13)谷江,“ロボット市場を立ち上げるために”,東芝レビュー,vol.59,No.9,pp.9-pp.14,2004.
14)荒井,“学術的ロボット研究の問題点について”.

【関連サイト
「次世代ロボットに関する市場調査・市場予測の比較と分析」
「学術的ロボット研究の問題点について」
「実践におけるロボティクス論」
「異形断面形状が成形できるスピニング加工機を開発」

2008年9月に開催された「日本ロボット学会学術講演会」にて、数多くの研究論文が発表された。その中で、大きな話題になったのは、産業技術総合研究所 知能システム研究部門の荒井裕彦氏による「次世代ロボットに関する市場調査・市場予測の比較と分析」である。公的機関および民間調査会社が公表した市場調査および市場予測データを比較・分析し、市場予測の実現の可能性を検証した発表で、多くの若手研究者に衝撃を与えた。
今回は「前編」として、荒井氏の講演内容を紹介する。次回の「後編」では、比較・分析を行った背景について、研究論文の作成に関わる問題を踏まえて語ってもらう。 (編集部)

市場調査・予測を分析した狙い

 次 世代ロボット(非製造業分野に向けたロボット)に関する市場予測と言えば、必ずといってよいほど、2001年に日本ロボット工業会(JARA)が発表した「21世紀におけるロボット社会創造のための技術戦略調査報告書」(図1)が提示される。そこでは2010年に3兆円、2025年に8兆円という膨大な規模の市場が予測されている(*1)
 特徴的なのは、製造業分野のロボット市場はなだらかに伸びているのに対し、生活分野や医療福祉分野など非製造業分野のロボットは大きな規模が予測されていることである。

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図1 よく引用されるロボットの市場規模予測(21世紀におけるロボット社会創造のための技術戦略調査報告書より)

 ところが、その予測数値のみが一人歩きをしており、現在の市場規模が正しく認識されていない。また、多くのロボット研究者と話しをしても、実際にどの程度の規模なのかが答えられない。
 市場予測はあくまでシミュレーションであるが、実測値である現在の市場規模と整合性がとれているかどうか、その妥当性の検証が求められるはずである。すでに各機関および調査会社から予測データが提示されており、これらを照合することにより、それぞれの市場予測の信頼度を判断できると考え、まとめたのが本発表である。

*1:(財)機械振興協会からの平成19年度委託調査研究事業により、日本ロボット工業会が公表した「RT(ロボットテクノロジー)による産業波及効果と市場分析に関する調査」では、非製造業分野(「安心・安全公共」「生活・サービス」)におけるロボット市場規模予測を、2015年には約7,279億円、2020年には1兆7,073億円、2025年には約3兆532億円、2030年には4兆9,495億円、と推計している。2010年4月にNEDOと経産省が公開した2035年までの市場予測は、こちらを参照してほしい。

ロボットの市場規模予測は道路の需要予測と同じ

 2005年の「愛・地球博」が昨今のロボットブームのピークといわれることがあるが、ロボットをテーマにしたイベントが各地で開催されていることを考慮すると、(低調ながらも)そのブームはまだ続いているとえる。しかしながら、これは実際にロボットの売り上げが拡大した結果というよりむしろ、政策の追い風があってのものであり、トップダウンでつくられたと思われる。

 例えば、経済産業省ではロボットにかかわる将来ビジョンを策定するための「次世代ロボットビジョン懇談会」を2003~04年にかけて開催し、また、2004年に発表した「新産業創造戦略」において、戦略7分野の1つとしてロボットを取り上げている。さらに、戦略の具体化を図ることを目的に2005年に「ロボット政策研究会」を開催している。そのほか、総務省や文部科学省でもロボットを重要な技術テーマの1つに挙げ、ロボットの研究開発に予算を投じている。

 2008年に開催された「総合技術科学技術会議」において、「革新的技術創造戦略」の中で生活支援ロボットの説明がなされている。ここでもJARAの市場予測データが引用されている(*2)。非製造業分野のロボット市場は有望であり、この研究開発に予算を投入するための根拠として利用されているわけだが、非常に大きな次世代ロボット市場を予測することにより、結果、大きな国費が投じられている。

*2:総合科学技術会議「革新的技術創造戦略」におけるロボット市場の説明では、2025年に生活分野を含む非製造業分野が約4.8兆円と記されている。

 国費が注ぎ込まれるロボット研究は、いわば“公共事業としてのロボット研究”であり、研究投資に見合う収益が要請されるはずである。道路やダムの建設のケースと同じといえる。これらの公共事業では、その正当性を示すために需要予測がなされ、これがきちんとなされたものかどうかという妥当性や公平性が厳しく問われている。ゆえに、ロボット研究においても市場規模予測は需要予測と同様の役割を果たしており、厳しくチェックされるべきである。

産ロボ市場は着実に成長している

 そこでまず、各ロボット市場実態調査の比較を行ったところ、非製造業分野の市場実態は図2のようにまとめられた。赤がJARAの「マニピュレータ、ロボットに関する企業実態調査報告書」(2008)、青が総合科学技術会議の「ロボット総合市場調査報告書」(2007年)、緑が民間調査会社のものである。多くが100億円未満に収まっていることがわかる。

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図2 今回、比較・分析対象としたロボットの市場実態調査と市場予測

 これに対し、総合科学技術会議の実態調査では2005年度実績で273億円という大きな数字になっている。その内訳を調査したところ「業務ロボット」は229億円、「コンスーマロボット」は44億円となっており、うち前者では選果システムが195億円を、後者ではパナソニック電工の「ジョーバ」が25億円を占めている。これはロボットではなく、オートメーション設備や健康機器に分類すべきものだろうし、実際、他の調査ではロボットとしては扱っていない。これらを除くと53億円となり、他の実態調査とほぼ同等のレベルになる(図3)。

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図3 次世代ロボット(非製造業分野)の市場実態調査。総合科学技術会議の報告書で含まれている選果ロボットシステム(195億円)とジョーバ(25億円)を除くと、他の実態調査の結果と同等の市場規模になる

 また市場規模の変動に着目すると、必ずしも右肩上がりの成長ではなく、年によって増減していることがわかる(図4)。JARAの調査は10年ほど継続して行っており、これをもとに判断したわけだが、指数近似してみたところ、破線で示したように年間平均成長率は-10.2%になった。
 一方、産業用ロボット(製造業分野)の市場実態を同様にグラフ化すると、景気の変動により多少上下しているものの年間平均成長率は1.7%になる(図5)。
 これらの変動を同時にプロットすると、市場規模が著しく異なるため、非製造分野のロボット市場の推移を示すラインはゼロ付近に集中してしまう。

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図4 次世代ロボット(非製造業分野)の市場実態調査。年間平均成長率は-10.2%になる

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図5 産業用ロボット(製造業分野)の市場実態調査。年間平均成長率は1.7%になる

 これらの市場実態調査をよく見てみると、『産業用ロボット市場は5,000億円程度で頭打ちになり、非製造業分野のロボット市場が今後、飛躍的に拡大する・・・』という俗説は、明らかに間違っていることがわかる。ロボット研究者の中には、堅くこれを信じている方がいるが、もはや“迷信”といってもよいだろう。
 そして、これらの数値データにもとづく事実から、『非製造業分野のロボット市場は産業用ロボットの1%未満で頭打ち。産業用ロボット市場は着実に成長を続けている』と断言することができる。

公的機関の市場予測はあまりにも大きい

 次に、市場予測の比較に言及すると、グラフに示すと図6のようにまとめられる。実態調査と予測数値に大きな開きがあるため、図7では縦軸の市場規模を常用対数で表した。実線は実態調査を、破線は予測数値をそれぞれ表している。

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図6 次世代ロボット(非製造業分野)の市場調査および市場予測。JARAおよび経産省の予測数値が非常に大きい

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図7 図6のグラフを常用対数で表現し直したグラフ。2010年の数値に着目すると、予測の最大値と最小値との間には420倍もの開きがある

 JARAの予測数値と、それを引用するかたちで推定している経産省の予測数値が1兆円以上にプロットされる。実態調査は10億から100億円の間に収まっており、これと連続するようなかたちで民間調査会社の予測数値がプロットされる。こうして見るとJARAと経産省の予測数値は実態調査と著しく乖離しているうえ、ほかの予測数値ともかけ離れている。また、異常に突出した数値になっており、2010年あたりの数値に着目すると、予想市場規模の最大値と最小値との間には420倍もの開きがある。これを踏まえると、JARAの予測数値には問題があるといわざるを得ない。わが国のロボット研究の方向性を決定する重要な予測であり、社会的影響力を踏まえるとなおさらである。

 JARAの予測数値でいえることは、現在の市場規模をあまりにも無視した予測になっていることである。市場実態やほかの予測と比較して、極めて過大な予測になっている。JARAは2000年も市場予測データを発表しているが、それと比較しても2010年時の数値が3倍に膨れ上がっている。この1年の間に、ブレークスルーするような技術的なトピックスがあったわけではないのに・・・、である。

 そうした数値が示された原因を探っていくと、算出にかかる根拠に疑問を抱かざるを得ない。
 まず、問題と思われるのは、具体的なロボットの用途や対象作業に具体性がないことである。どのような機種が、どのような価格設定で、どの程度の台数が販売されるという記述がいっさい出てこない。

 また、ベースの数値を「主婦みなし賃金」から算出していることも問題である。これは主婦の労働に対し、それを代替するために雇用した場合、どの程度の金額を要するのかを示したものである。次世代ロボットにより、どの程度代替できるのかを算出しているが、そもそも実体経済では支払われない賃金であり、次世代ロボットに対する購買力や購買意欲とは関係がない。

 しかも、上記の生活分野を含め、分野ごとに労働代替率が一律に設計されているうえ、分野間での設定に大きな格差がある。例えば、医療福祉分野で最大50%、生活分野で最大40%という高い代替率を設定する一方で、製造業分野では5~10%と、非常に低く設定されている。こちらの方が、はるかにロボット化が容易であり、ロボットへの代替率が高くなると考えるのが自然であるのにもかかわらずである。このような設定がなされた根拠は提示されていないし、恣意的な設定がなされたのではないかと考えてしまう。

 これとの比較対象のため、産業用ロボットの市場実態調査および市場予測を、同じ文献をもとに同一スケールでまとめてみた。結果、図8のように示される。こちらでは、市場実態調査の数値と市場予測の数値とが連続しており、また、過去の時点で予測された市場の成長が実際にほぼ達成されている。非製造業分野に関する予測よりも妥当性が高く、信頼できる予測がなされているといえる。

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図8 産業用ロボット(製造業分野)の市場実態調査と市場予測。市場実態調査の数値と市場予測の数値とが連続しており、妥当性が高く、信頼できる予測といえる

 以上の論考をまとめると、次世代ロボット(非製造業分野)の市場規模は、現状では100億円未満であり、広く流布されている市場予測は大きな隔たりがある。また今後、10年~20年のスパンで考えると、非製造業分野の市場比率が製造業分野に接近する見込みは極めて低いといえる。現在のロボット研究が非製造業分野に著しく偏っているが、それらが研究投資に対して回収可能かどうかは大いに疑問である。

 繰り返しになるが、『非製造業分野に進出することにより、ロボット市場は飛躍的に拡大する』という俗説は、現実から遊離した市場予測が横行する背景になっているし、実は根拠のない希望的観測に過ぎないと言わざるを得ない。

(次回「非製造業分野への進出によりロボット市場は拡大 ・・・これには根拠がない!(後編)」に続く)

【参考文献】
1)日本ロボット工業会,“21世紀におけるロボット社会創造のための技術戦略調査報告書”,2001.
2)日本ロボット工業会,“21世紀におけるロボット産業高度化のための課題と役割に関する調査研究 -ロボット産業の長期ビジョン-”,2001.
3)日本ロボット工業会,“マニピュレータ、ロボットに関する企業実態調査報告書”,2007.
4)経済産業省,“「次世代ロボットビジョン懇談会」報告書”,2004.
5)経済産業省,“新産業創造戦略”,2004.
6)経済産業省,“ロボット政策研究会報告書”,2005.
7)総合科学技術会議,“ロボット総合市場調査報告書”,2007.
8)富士キメラ総研,“2004ロボット「コミュニケーション・パートナー)市場総調査”,2004.
9)矢野経済研究所,“2006次世代パーソナルロボット市場”,2006.
10)シード・プランニング,“2006年カラー版 パートナーロボットの最新市場動向と重要技術・キーパーツ動向”,2006.
11)富士経済,“2007ワールドワイドFAロボット/RT関連市場の現状と将来展望”,2007.
12)野村総合研究所,“これから情報・通信市場で何が起こるのか -IT市場ナビゲーター2008年版-”,東洋経済新報社,pp.378-pp.384,2008.
13)谷江,“ロボット市場を立ち上げるために”,東芝レビュー,vol.59,No.9,pp.9-pp.14,2004.
1)荒井,“学術的ロボット研究の問題点について”.


【関連サイト】
「次世代ロボットに関する市場調査・市場予測の比較と分析
「学術的ロボット研究の問題点について」
「実践におけるロボティクス論」

 一般にロボットには最先端の技術成果が投入されている。が、搭載した機能の割には、ユーザーの心を捉えているとは言い難い。技術および社会が成熟した現代において、ユーザーの心を捉える解はどこにあり、また、どのように開発に取り込むべきか―。日本人特有の感受性を生かしたモノづくり論の展開で知られるアーサー・D・リトル ジャパンの川口盛之介さんに、そのヒントを語ってもらう。

人の心のツボはどこにある?

 さまざまなハイテクマシンとの共生が始まりつつある現代、人と機械とのコミュニケーションは大きな技術的課題になっています。特に、ロボットの開発においては避けて通れない課題であり、音声認識技術に代表される各種インターフェースの開発が精力的に進められています。

  もともと日本人はモノに感情移入しやすく、擬人化が好きという気質を持つと言われています(*1)。これを素直に生かせば、すんなり受け入れられるロボットになるはずです。ところが、“機能てんこ盛り”の技術一辺倒の発想で開発がなされているばかりで、人の感性や心理をうまく捉えていないような気がします。
 ここでは、人の心を捉えるツボはどこに潜んでいるのか、また、それをいかにして開発に取り込んでいくのかについて、いくつかの事例を交えて考察してみます。

*1:川口氏は、著書「オタクで女の子の国のモノづくり」にて、日本製品のオタク性として『擬人化が好き』を含む10の法則を提示している。『個人カスタマイズを志向する』『人を病みつきにさせる』『寸止めを狙う』『かすがいの働きをする』『恥ずかしさへの対策になる』『健康長寿を追求する』『生活の劇場化を目指す』『地球環境を思いやる』『ダウンサイジングを図る』である。同書は、日本ならでは製品から、それを生み出した日本人の価値観や習慣などの文化的な背景を探り出している。そして、このような日本人特有の感受性を生かしたモノづくりの力を再認識し、利用していくことが、わが国の産業競争力につながることを訴えかけている。

  最近、人と機械とのコミュニケーションにおいて、感心させられた製品がいくつかあります。その1つが、ザリガニワークスが開発したコミュニケーションツール「アル・カモーネ」というロボットです。「ロボット」と表現するのは少々仰々しいかもしれませんけど・・・。

 これができることはたった1つです。
発光ダイオードを組み込んである両目がごく稀に光る
 それだけなのです。

 48時間に2回の頻度で、約1分間点滅します。搭載した乱数回路の出力に基づいて無作為に点灯し、続けて2度光ることがあれば、2日間ぜんぜん光らないこともあります。いつ光るのかは予測不可能ですし、ほとんどの場合、ユーザーが寝ている間など見ていないときに光るそうです。すべてを偶然に委ねているといってもよいような代物と言えます。

kawaguchi.fig1-1.jpgkawaguchi.fig1-2.jpgザリガニワークスの「アル・カモーネ」。48時間に約2回の頻度で目が光る。めったにお目にかかれないのがミソだ。現在は携帯画面やライセンス販売を展開している。 

  ところが、この偶然が意外な役割を果たしているのです。珍しいものを見たときには、知り合いに知らせたくなる心理が働きますが、これと同様に、アル・カモーネの目が光った瞬間を携帯電話で撮影して、友達同士で送り合っているというのです。
 つまり、これがアクションをすることにより、人と人とのコミュニケーションが誘発されているのです。

  機械が人間に対してリアクションをするには、空気を読んだり状況を理解したりするために複雑なプログラミングやセンシングの技術が求められます。ロボットにおける音声認識技術では、人の会話を正しく聞き取って適切に受け答えをするという、正確なリアクションを突き詰めようとする研究がなされています。正統的であり学術的なアプローチと言えます。
 しかし、研究成果の粋を集めているのにもかかわらず、受け手を満足させるようなリアクションには、いまだ到達していません。ロボットというフォルムに仕上げたために、受け手側の期待値を上げているからということもあるのでしょうが・・・。

  これに対し、アル・カモーネは、こうした人に対するリアクションをすべて諦めています。使い手の状況には一切頓着せず、自分の都合でアクションを起こしています。それも発光ダイオードが点滅するという、これ以上切りつめられないぐらいにささやかな手段で。
 にもかかわらず、人の感情移入のスイートスポットを捉えようとしているのです。

 また2006年9月に、イー・レボリューションとタカラトミーが共同発表したポータブル・ワンセグテレビ「SEGNITY」にも唸ってしまいました。最大の特徴は、音声ガイダンスによる「ツンデレ」ナビゲーションモードを搭載していることです。

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「ツンデレ」ボイス機能を搭載したワンセグテレビ「SEGNITY」(左)と ツンデレボイス機能の待ち受け画面の一例(右)。お気に入りの画像を設定できるうえ、使い込んでいくと、急にしおらしくなり甘えてくる。この対応の変化がなんとも気持ちよく感じられる(本製品は販売中止となっています)。

 ツンデレとは、ツンツンした(勝ち気な)性格ながら、好きな人の前になるとデレデレになってしまうというギャップを持つ女の子のキャラクターを形容する言葉です。いわゆる“秋葉萌え系文化圏”から生まれてきた表現です。
 使い始めた頃は、チャンネルボタンを操作すると女の子の声で『チャンネル変える気ぃ~』と言ってきたり、輝度を上げると『眩しいんだけどぉ~』と文句をたれたりします。とにかく、ツンツンした対応をします。
 しかし、使い込んで仲良くなると、デレデレした応対に変わります。電源をOFFにすると『ええーっ、帰っちゃうのぉ~』とすねてみたり、チャンネルを変えると『チャンネル変えるねぇ~』と言ったりします。

 技術的に難しいことをしているわけではありませんが、このギャップのあるインターフェースがユーザーにはたまらないそうです。「ツンデレ喫茶」などが嘆かわしいものとして際物扱いされていますが、人間の行動原理の深層にアドレスする考え方が垣間見えて、マンマシンインターフェースへの大事な示唆が含まれていると思います。

技術が取り組むべきフロントラインは

 いきなり際物で、オタク的な製品を紹介しましたが、これらの例を通じて言いたいのは、人と機械とのコミュニケーションにおいて、人が機械に親しみを感じたり感情移入をしたりする度合いは、技術の難易度とリニア(線形)な関係にはないということです。

  とかく、学者や研究者は定量評価しやすい技術を好みます。きちんとした学術体系をつくっては評価を下します。その方が数値化しやすく、物理現象を再現することができるからでしょう。もちろん、数値化しなければ設計ができないという事情もありますが・・・。
 その正反対にあるのは、美しいとか自然に感じるといった感性的な領域です。学術体系にはなりにくく、数値化も、その再現も困難です。

 しかしながら、ロボットがどのような外観を持てば、どのように動けば人らしく見えるのか、また、感情移入しやすいのかといった議論は、たぶん学術体系にはなりにくい方に答えがあると思います。評価しようがないところに答えがあるという理由から、誰もうまくアプローチできていないように思われます。そのためでしょうか、写実主義的に人の動きをモーションキャプチャーして、人とまったく同じように歩いたり踊ったりする2足歩行ロボットの開発がなされていますが、それが果たして、その議論の正解になり得るのでしょうか。

  例えば動きに注目すると、日本が誇る伝統芸能に文楽(人形浄瑠璃)が思い出されます。世界に数ある人形劇の中でも、洗練度で至高の域と評価される芸術です。そこでの人形の仕草とは400年の歳月をかけて、練りに練られた“人形としての動き”です。それは私たち人間の動きとは似て非なるデフォルメされた所作であり、記憶の中にあるイメージとしての歩き方を極めたものです。印象画の動画版と言ってもよいでしょう。技術者が目標とする姿自体が、写実由来ではないかもしれないという疑問符が付くかもしれません。

 舞台演出家的な領域のように見えますが、技術が取り組むべきフロントラインが、この領域にまで入り込んできていると思います。記号化された動作という見方では、近年注目されているジャパニメーションもまたしかり。本物の人より人らしい所作、振舞いの世界一級品をつくり出す「アーティスト」は、意外とわれわれの身近にいるかもしれません。

技術と芸術の区別はなかった

  話は変わりますが、かつて近代オリンピック競技には「芸術競技」がありました。絵画や彫刻、文学、建築、音楽があり、スポーツを題材にした芸術作品を制作し、採点により順位を競っていました。1912年のストックホルムオリンピックから1948年のロンドンオリンピックまで正式競技として実施されていましたが、客観的な基準をもって採点することが難しいという判定側の事情から、正式競技から外されたという経緯があります。

 確かに、「何秒で走れば勝ち」とか、「何kgを持ち上げたら勝ち」という、ひたすら技術を競うような競技は判定しやすいです。競技者も目標設定をしやすいでしょう。
 しかしながら、安易にそればかりを追求した結果として、昨今のドーピング問題を目の当たりにすると、殺伐としたものを感じます。近代オリンピックを創立したクーベルタン男爵はそれを予見して、芸術競技を加えていたのではないかと思ってしまいます。

  ところが最近になって、フィギュアスケートやシンクロナイズドシミングなど、技術点(テクニカルメリット)と芸術点(アーティスティックインプレッション)の両方を持つ競技が人気を集めています。もちろん、浅田真央選手や安藤美姫選手など人気選手がいることが最大の理由です。
 が、わが国がひたすら技術を追い求めた高度成長期を経て、成熟した社会を迎えたからこそ、単なる量的な勝ち負けの判定ではない、芸術的な面が求められるようになったからではないか。そう捉えられるような気がします。

  かたや、技術開発においても同様に、技術点と芸術点の両方があったはずです。アートと語源を同じくする「Artficial」(人工)(*2)という言葉には、もともとは「技術」という訳語が当てられていたと言われていますし、近代までは技術と芸術の区別はさほどなったという事実が証明していると思います。

*2:語源であるギリシャ語の「τεχνη techne(テクネー)」や、その訳語としてのラテン語の「ars(アルス)」、ドイツ語の「Kunst(クンスト)」は、単に「人工」という意味であり、もともと「技術」という訳語が当てられるものであったという。

 “イケイケドン”の高度成長期は、科学の未来が限りなく眩しかった時代でもありました。技術の進歩が生活の向上に直結した、わかりやすい時代だったとも言えるでしょう。しかし今に至って、国として豊かに成熟すると同時に、技術そのものの成熟度が芸術性の域に踏み込んできています。芸術も含めた「広義の技術観」をもとにした製品開発をしなければ、人の心を満足させるのが難しくなりつつあります。
 技術の集合体であるロボットは、まさに、この課題のフロントランナーであり、広義の技術が総力をもって対峙することが求められているように思います。

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製品が備える機能とユーザーの求める満足度との関係。定量評価ができる協議の技術では、ユーザーを満足させるのは難しくなりつつある。ロボット開発では、広義の技術観で対峙する開発体系の構築が求められている。 

広義の技術観で取り組むべきとき

  上述の人と機械とのコミュニケーションに話を戻しますが、完璧な音声認識がいつになったらできるのかというと、おそらく、いつまで経ってもできないと思います。対話者がきちんと話してくれればリアクションができるというレベルになりましたが、次の段階として、滑らかに聞いてくれるという部分で行き詰まっています。
 仮に、LSIの演算処理の速度が一気に数万倍になるというイベントでも起きればミリセカンド単位でリアクションができるようになるかもしれませんが、人の心を満足させられるかどうかは、やはり別のような気がします。

 こうしたことを考えると、「目が光るだけ」や「ツンデレ」というインターフェースで、人の心を掴んでいるのは「見事!」としか言いようがありません。決して、学者や研究者からは出てこない発想ですし、技術一辺倒で追い求めた結果、導き出されたものではないはずです。

 世界中のロボットの約半数が日本で稼働している、ロボット関連特許で日本が突出している(*3)という定量的なファクトから、日本は「ロボット大国」と言われています。確かに、これまでのスタートダッシュは大成功と言えるでしょう。しかし、狭義の技術観で処理できる部分は早晩追いつかれてしまいます。解釈問題を解決していないため取り組めていないのでしょうけど、広義の技術観で対峙する開発体系を構築することが(*4)、ロボットを開発するうえで今後重要になると思います。

  近い将来、ロボットと共生する時代がやってくるのでしょう。しかし、現状の開発スタイルを続ける限りは、開発側が我田引水的に機能を満載した、哀しいハイテクマシンをつくり続けることになるかもしれません。  (談)

*3:経済産業省が発表した「平成18年度特許出願技術動向調査の結果について」によると、1999年~2005年までの日本の特許庁へのロボット関連特許出願件数は13,276件。うち日本企業からの出願が11,841件と89.2%を占めたという。また、米国特許庁への出願件数は7,302件で、うち日本からの出願は24.1%。欧州特許庁への出願件数は3,945件で、うち日本からの出願は22.3%が占め、各国特許庁での出願上位を、日本が占めたことが報告されている。

*4:川口氏は、著書「オタクで女の子の国のモノづくり」にて、「クリエーターの才能をモノづくりで生かす、つまり、アニメを生み出すような考え方と視点で製品を開発することが重要なのでは」と述べている。また、「創造性が求められるという点で、最も厳しい環境に身を置いている芸術家、特にアートディレクターの視点が必要なのでは」とも指摘している。

      

kawaguchi.jpg川口盛之助さん(Kawaguchi Morinosuke)
:アソシエート・ディレクター。1961年生まれ。慶応義塾大学工学部応用化学学科卒。イリノイ大学理学部修士課程修了。日立製製作所や受託研究機関のKRIを経て、アーサー・D・リトル・ジャパンに入社。現在、同社シニアマネージャーを務め、製造業の研究開発戦略や商品開発戦略などのコンサルティングを行う。また、日本ポップカルチャー委員会 委員も務める。著書に「オタクで女の子な国のモノづくり」(講談社)や「世界が絶賛するメイド・バイ・ジャパン」(ソフトバンク新書)がある。
 




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