大学生時代の妙な思い出

大学4年間はかなり面白かった。勉強以外が。もうバブルも弾ける直前ではあったのだが、若者はみんなノリノリの時代である。合コン、アルバイト、カラオケ……などで遊びまくって、講義にはギリギリ落第しない回数しか出席していなかった。こんな風に欲望が抑えられない学生は今でも少なくないのではないだろうか。サークル活動が特に好きで、暇さえあればサークル室でグタグタ過ごしていた。

近年、大学生の学力と講義参加率のダウンが問題視されており、高校レベルの講義参加率を単位取得条件としている大学が少なくない(文部省の方針として)。しかし私の頃は、本当に申し訳程度に講義に出席していれば、単位が取れたのだ。その頃は、講義中でもサークル室で好き勝手やっていたのである。
サークルには学年も学部も問わず色々な人間が常に集まっていて、好きなように喋っていた。その頃はケータイだのネットだのはほぼ存在しておらず、ポケベルが限界だった。
サークル室でグチャグチャ雑談しまくるのも会話力を身につける練習になるだろう、なんて自分に言い訳をしていた。

以前は口下手で目立つことを嫌っていた私だが、サークル室に入り浸る生活が続いたせいかむしろ話好きの人格になったのである。サークル室にいる時間が本当に長かったせいか、サークルリーダーをする羽目になってしまった。対外交渉や1年生へのサークル紹介、サークルの定期会議の司会など、それまでよりも話す機会が多くなったし責任も生じるようになった。
ロボットとは一切繋がりのないサークルだったのが、そこでとある異性と知り合うことで私の人生は大きく変わる……。

いきなり話題に出したこの女性。私の人生を直接的に決めた人間である。優しく・実直で・真面目で……という優等生的な女性だった。それでいて、自分の考えはちゃんと主張する人だった。とりあえずここではCさんと呼ぶことにする(断っておくが、この女性は私が失恋した人ではない)。

その頃は大学3年生の秋に差し掛かっており、いよいよ真剣に就活をしなくてはならないタイミングになっていた。もうバブルも弾けてしまい、新卒の就職率がダウンし始めた時期だった。仲間たちも就活関連について様々に情報を共有していた。特にサークルの部室には色々な分野の色々な学年の人間がいるので、ほとんどカウンセリングに近いような状況になる場合もあった。

もう大学3年生でありながらもまだ私は迷っていたのである。

「ロボットの分野に進みたくて機械工学科を選んだものの、4年生の卒業研究にならないと本格的にロボットと関わるわけではないし、そろそろ就活に入ったほうが良いのだろうか」

普段通りサークル室にいるとCさんが来た。私と真逆の性格ではあるが、だからこそ違った視点で考えてくれるかもしれないと感じて、就活について色々聞いてみることにした。

私「俺の天職って何かね」
と、そんなに深刻にならないように質問した。
Cさん「話すのが好きみたいだし、大学教授とかが良いような気がする」

とCさんは答えた。正直Cさんもそんなに真面目には考えていないんだろうと思って、私はこう返した。

私「大学教授って勉強できないと無理でしょ?卒業するのが精いっぱいだし。そもそもどういう方法で大学の先生になるのかもわかんないわ」

と、その後は普通に夕方までおしゃべりをして家に帰った。

実際、マジンガーZを幼稚園時代に知ってロボットに興味が出て、ガンプラを作りまくっていたのは事実だ。ロボット関係の仕事に就きたいと考えていたこともあった。ただ、それは「宇宙飛行士になりたい」というのと一緒で、私にとっては荒唐無稽な話でしかなかった。そんなものになれるはずがないし、普通の会社員として普通に給料をもらうものだと考えていたのである。

家に着いたときにはもう「大学教授」なんてことは完全に忘れていた。その日はやや気温が下がった日だった。家に着く前に、コンビニエンスストアで夕飯を購入した。確かそのときのメニューは「日本酒」と「おでん」である。ロボットアニメでも中年男性キャラが好きだったが、私自身もそういう趣味になっていた。今の若者からすると、「よく学生の身分で、酒なんか買えるな」と感じるかもしれないが、もの凄い安酒である。今でもそうだが、私は「酔えればそれでいい派」なのだ。
コンビニエンスストアで漫画雑誌の立ち読みをして、そこでもう一度就活のことを思い出して、就活関連の本を何冊かチェックした。

そのとき……

偶然にも他の場所にあった本に身体がぶつかって棚から落下してしまったのである。
そのとき目にした書籍の題名は
「『大学教授になる方法』 鷲田小彌太」

である。
これには本当にビックリした。タイミング的に、何かの超常現象にしか思えなかった。
Cさんとの話を振り返りつつ、数頁目を通してみたが、もう興味が強くなって強くなって仕方がなかった。このとき、「大学教授の具体的ななり方」を始めて知った。

鷲田先生の書籍と奇跡的に出会い、そのとき私の脳みそが書き換わったような気さえしたのである。

その頃はネット環境がほとんどなかったので、書籍を読んだり他人に聞いたりしないとこういう情報は獲得できないのだ。すぐにその本を買って、テンションが上がって大量におでんを買い込んでしまった。
まあ、あのときの私の舞い上がり方と言ったら、言葉では表現しきれないのかもしれない。
あの日Cさんに話を聞いてもらわなかったら、あのときあのコンビニエンスストアに足を運ばなかったら……もしかしたら今とは全然違う人生を歩んでいたのかもしれない。
まあ、人生ってそういうものの積み重ねだとは思うが。

本を読み終えた翌日、

私「大学教授を目指すよ……」

と友達に伝えた。ものすごく気恥ずかしかったが誰かに伝えずにはいられなかった。

友達「いや、お前には無理だろう」

まあ、仕方ない。私の「遊び惚けっぷり」はこの友達も知っていたことだし、それが急にこんなことを言いだすのだから、ちゃんと反応してくれただけでもまだ良いほうである。

とりあえず父親と母親にも伝えることにした。というか単身生活が始まってからほとんど家に連絡を入れたことがなかったので、他にも色々と話した。
もちろん、両親の反応も友達のそれとほとんど変わらなかったが。

私「大学教授にもなれるよ。これから全力で勉強するから!」
親「あんたみたいな勉強嫌いが、大学教授なんかになれるわけないでしょ!」

と、「身の程を知れ!」的なことを言われて、そのまま通話を切られてしまった。
通話時間わずか3分。テンションがあがっているのは私だけで、誰もきちんと話を聞いてくれないのだ(説明する前にシャットアウトされてしまう)。

「やっぱ無理かな……」なんて落ち込みつつ、そこから数日間は酒浸りの日々が続いた。しかし、日本酒を買いに行ったついでに書店に入ると、また鷲田先生の本を発見したのである。

「大学教授になる方法 実践編」

多分、最初の本の続編であろう。もちろん迷わず購入した。
というか、この本に出会わせてくれたことが「神のお告げ」にしか思えなかった。

そこでもう私の夢は決定した。鷲田先生の書籍は割とヒットしたそうなので、私と同じくこの本をきっかけに大学教授を目指した人がそれなりにいると思う。それから、10年間が過ぎ、また鷲田先生の新刊に出会い、それを買う私。

「新 大学教授になる方法」

間違いなく役に立つ本なのでぜひチェックしてほしい。

将来の夢が決まったこの時期、卒業研究の配属も決まった。もう大学4年生だ。
理系の場合は卒業研究は4年生が始まる場合が大半だ。基本的には同じ学科の教授のところに配属されて、そこで研究のサポートを行うことになる。
原則として決まったテーマに連日&終日取り組むことになる。担当の教授の専門分野を、学生もそのまま受け持つことになる。教授が超音波モーターの研究をしているなら学生もその研究を……という寸法である。
今の学生諸君に伝えておきたいのだが、もしも明確に大学で学びたいことがあるのであれば、「自分が学びたい分野の研究をしている教授は在籍しているか」ということを調べておいてほしい。「どこの大学に入るか」よりもむしろ重要なくらいである。
さて、私の学科には一人ロボット工学の研究をしている教授がいた。だから、その教授の下につけば私もロボットの研究ができるというわけだ。(余談だがこの教授はいずれ日本ロボット学会の会長になる人物である)とにかく「ロボット分野の教授」になりたくて仕方がなかった。

私がいた学科には10を超える研究室があったが、ロボット工学を専門とする研究室は1個しかない。そのため倍率はかなり高く、抽選で決まることとなった。ここで私の進路が決まるかもしれないのだからかなり緊張した。しかし、なんと抽選で当選して無事ロボットの研究ができるようになった。本当に幸運としか言いようがない。

卒業研究がスタートして少し経過した頃、研究室で懇親会が行われた。教授も学生も一緒に酒を飲み、進行を深めるのだ。教授はロボット業界ではすでに有名人であり、私からすればほぼ別の世界の住人に見えた。しかも、ロボットとは何の関係もないが教授は空手六段である。

「暇さえあれば合コンに参加しろ!」

と教授はよく語っていた。「女にモテるようにしろ」とかそういう意味ではなく、「とにかく色々な人間と会話してみろ」ということを言われた。

懇親会の席で、私は恐る恐る教授に色々と話を聞いてみた。

私「あ、どうぞまずは一杯。ご相談したいことがあるのですが……」
教授「へえ~勇気あるね。なに?」
私「この研究室でどんな活動をすれば、ロボット分野の教授になれるでしょうか?私の夢なんです」
教授「ロボット分野の博士号を取ることを考えないとね」
私「それはどうすれば取ることができるのでしょうか?」
教授「まずは大学を普通に卒業して、大学院の2年間で修士号を取るでしょ。それから大学院博士課程を始めて最低でも3年は研究をして、学術論文に研究内容をまとめて、世界で評価されれば博士号が取れるかもしれない」

教授「でも、大学院に入ってまで研究を続けたり博士号を取ったりするのは本当にイバラの道だよ。ちょっとでも迷っているなら普通に就職しなさい。それに、受動的に研究していると絶対に成功しないよ」

あとから聞いた話だけれど、この教授は「こいつ本当に博士号を取るかも」と思ったらしい。
なぜ、その頃のアヤフヤな私に対してそんなことを感じたのかは分からないが……。

先述の「大学教授になる方法」曰く、専門分野の研究を進めて、学術論文などの実績を増やしていくと大学教授になれるということらしい。大学院はそのための研究を行う場所なのだ。この教授が語ることも、「大学教授になる方法」に書かれていることも、当然だいたい一緒だった。

しかし、教授はより深く突っ込む。

教授「博士号を取得しても大学教授になれる保証はない。これからどんどん子供の数が少なくなって、大学教授の数も少なくなっていくだろうからね。せっかく大学に入ったんだしさ。新卒の有利なうちに普通の会社に就職して、安定した人生を送るのも良いと思うよ」

そういう会話があってそのときの私は
「結局最低でも5年は頑張らないとどうにもならないのか。とても自分にはできる気がしないな……」
というのがそのときの私の正直な気持ちだった(大学院生活中の生活費のことも心配だった。まあ、これはバイトでなんとかするのだが)。しかし、とりあえず「大学院(最初の2年)」に入らないと始まらないと思い、大学院に進むことだけは決意したのである。

さて、研究室での日々は本当に大変だった。私は「次世代の産業用ロボット作り」という研究を行うことになった。私はそこから四半世紀ほどもこの研究に取り組むことになるのだが、あえて言うまでもなく当時はそんなことは予想していない。他に大学院修士課程の男性1名しかおらず、この研究はたった2人で進めていくことになった。しかし、プログラム開発、ハードウェアの設計・解析まで全部2人でこなした。マイコンによるプログラミングのノウハウはあったしガンプラ作りに慣れていたので、実際の「手作業」についてはあまり困らなかった。
だが、研究はそれだけでは成り立たない。難解な数学を使って、ロボットの解析を行わなければならなかった。

この解析には本当に苦労した。先ほど語ったが私は大学3年生まで遊び惚けていたので、大学4年生がもっているべき学力を有していなかった。大学3年生までは、

私「大学の勉強なんて何の役にも立たない!」

と感じていたのだが、とんでもない。
大学の学問による知識がないと、ロボット作りなんて成り立たないではないか!

そのため、そのときの私は大学の勉強をほとんどゼロからやり直すことになった。ロボットの研究には機械関係の解析技術、物理・数学などが欠かせない。大学の講義でいくらでも学ぶ機会はあったはずなのが、その辺りのことはほとんど覚えていなかったのである。

私「大学の学問だって、小中高と同じで積み重ねていくしかないのか!」

とそこでようやく気付いたのだ。なんとなく「その場その場で少しだけ頑張って、乗り切るのが大学生活」と思っていたのだが、大きな間違いだった(まあ卒業するだけであれば、それでも通用するかもしれない。率直に言って)。
私はこの段階になってようやく本気で大学の勉強に打ち込むようになった。研究をしつつ、自分の勉強も進めた。冗談でなく血尿が何回もあった。ただ、その甲斐あってか卒業研究はスムーズに行うことができ、無事に大学院に入ることが叶ったのである。