近畿大学の大坪義一准教授は10日開催の「レスコンシンポジウム2011」〔レスキューロボットコンテスト(レスコン)実行委員会主催〕で、1995年の阪神・淡路大震災での体験談(当時は神戸大学)を紹介。震災当日から数日間にわたって行った救助活動などを踏まえ、「(震災という)非日常時には住民の気持ちが自然とまとまり、強い絆が生まれる」。家族や友人、レスコンの仲間などとの絆を大切にしつつ、(レスキューに関する)技術を学び、人と(震災などを)語り合うことで災害に強い社会につなげていくことの重要性を説いた。また、各々にできる仕事や適した役割があり、「UMRS2009」(「戦略的先端ロボット要素技術開発プロジェクト」で開発)などの開発に携わった大坪准教授自身は「災害対応ロボットの実用化に使命がある」とし、レスコン参加者に向け、この中から「その研究を担う人が出てきてほしい」とメッセージを送った。
レスコンは『技術を学び 人と語らい 災害に強い世の中をつくる』という理念のもと、創造性教育の場の提供に加え、防災や災害対応の啓発を目的に実施している。レスコン参加者に加え、観戦者にもその大切や難しさを考えてもらうことに重きを置いている点で、他のロボットコンテストと一線を画す。
大坪准教授は、最も被害が大きかった神戸市長田区に現在も在住されており、レスコンの理念と自身の経験とをつなぎ合わせて紹介した。自身の被災経験を公の場で語るのは、今回が初めてという。
祖母の安否確認のために赴いた病院での救助活動(図1)や、自宅周辺での救出活動(図2)について時系列で紹介した。
阪神・淡路大震災は、同時多発的に発生した火災が被害を拡大し、長田区の焼失面積は50万㎡以上にのぼったといわれる。火の手が迫る中、生存が確認される方を優先的に救出するなど当時、ほとんど知られていなかった「トリアージを知らないうちに実践していた」ことを紹介した。同時に、多数いたであろう生存者を救出できなかった無念さもにじませた。
自宅周辺での救助活動については当時、実践した作業フローを交えて説明し、埋もれている要救助者を採掘する際は、柱を揺らしながら倒壊状況を確認して進めたことを明かした。日本家屋の特性上、柱を揺らしても微動だにしない場合はまだ梁がつながっており、無理に柱を抜こうとすると崩れる恐れがあるからで、1つひとつ確認しながら進めた。また、ハンマーなどで土塀を壊しても編み込んである竹組により進入を阻まれたり、2階から進入して張り板や1階の天井、人がいるであろう布団をそれぞれ剥がして救出を試みようとしても、布団が柱に引っ掛かってできなかったりするなど、日本家屋は救出しにくい構造であることを、身をもって経験したことを紹介した。また、これら自身の活動を教訓として伝えた。
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病院での救助活動の経過(図1、左)と自宅周辺での救出活動の流れ(図2、右)
講演の最後には、震災直後と現在の長田区の様子を示しながら、震災を経験して住民同士の絆が深まり、「あの震災をくぐり抜けた『戦友』という意識が芽生える」。そして「街の復興は、いわば『弔い合戦』のようなもの」であり、東日本大震災の被災者に向け「1日も早い復興を」とのエールを送った(図3、図4)。同時に講演を通じて、こうした経験を語り合うことの大切さを、レスコン参加者に説いた。
なお、次回の「第12回レスキューロボットコンテスト」は、2012年7月8日に競技会予選を、8月10~12日に本選の開催を予定している。詳細はレスコンのホームページを参照してほしい。
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講演のまとめとレスコン参加者へのメッセージ(図3、左)と、発災直後の近隣の住宅の様子(図中の写真左)と復興を遂げた現在の様子(図中の写真右)(図4、右)
以下には、大坪准教授が使用したおもなスライドを、紹介した順番に掲載した(一部は重複して掲載している)
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