今月の特集では、Robot Technology(RT)を顧客情報を獲得するツールとして利用することにより、大きな価値を創出する可能性を指摘した。ただし、プライバシーをはじめデリケートな問題を含んでおり、今後普及が期待されるユビキタスセンサネットワーク(USN)との融合により、より大きな問題へと発展する可能性がある。ここでは、USN技術の研究で知られ、また「BWAユビキタスネットワーク研究会」会長を務める京都大学学術情報メディアセンター長の美濃導彦教授に、USNで議論されている話題、顧客情報の取得にかかわる課題などを聞いた。。
現在、われわれは科学技術振興調整費にて「センサ情報の社会利用のためのコンテンツ化」(平成19年度~21年度)というプロジェクトに取り組んでいる。近い将来、世界各地にさまざまな用途のUSNが多数設置されるという予想のもと、次の段階として、各種USNから得られる各種センサ情報を、Webのように誰もが自由に利用できる仕組みの実現を目指している。これにより、実世界の観測情報を地球規模で提供する観測型の実世界コンテンツを実現できることになるわけだが、われわれは、これを「センシングWeb」と表現している。
センシングWebで得られる情報は、実際の観測で得られた“観測型の情報”であり、社会調査や都市情報サービスなどに役立てることができる。ただし、被観測者のプライバシー情報が多分に含まれており、そのデータを広く流通させるためには、これを保護するような仕組みが求められる。ゆえに、プライバシー情報をフィルタリングするためのパターン処理技術などの研究に取り組んでいるし、活発に議論を行っている。
2004年度から3年間,京阪奈のNICTで行った「ゆかりプロジェクト」でユビキタスホームを構築し,家中に各種センサを設置して生活情報をセンシングする実験を行った。家の中なので、また家族内でのやり取りなので、プライバシーは問題にならないだろうと思っていたが、『たとえ家族であっても、家庭内で撮影した画像データを任意に参照するのは問題』と指摘する人がいた。センサ、つまり視覚センサ(定点カメラなど)とプライバシーの問題は切り離せない問題であることを強く認識したわけだが、USNではプライバシーが重要なテーマになると捉えている。
――センサの中でも、USNでは視覚センサの扱いが問題になるようだが、それを解決するアプローチは?
視覚センサで問題になるのは、結局は、撮影することが合法かどうか,撮影した画像情報を蓄積するかどうかになると思う。
われわれも議論していることだが、犯罪捜査をはじめ「公共のため」と言えば、画像情報を取得・蓄積することの合法性が高くなるという意見がある。しかし、歴史を振り返ってみると、権力側がそのために適切に行ってきたとは言い難いし、何らかの方策が求められる。
逆に、視覚センサで画像情報(パターンデータ)を取得することを諦めるという考え方もある。コンピュータ上で処理したシンボルデータのみを出力し、パターン情報はどんどん破棄していくということである。既存の顔認識ソリューションでは、このような考え方を採用しており、また上述のセンシングWebでも、画像情報を認識・処理してシンボル情報を抽出するように研究を進めている。
視覚センサを利用したアプリケーションを検討した時点でプライバシーの問題に直面することになる。しかしながら、多くのアプリケーションでは画像情報は不要に思われる。
ビジネスを検討される方の中には『画像情報も必要』と言われる方がいるが、よくよく話しを聞いてみると、コンピュータ上で処理したシンボルデータのみを出力すればよいような話しが多い。例えば『交通量調査に役立てたい!』とか、『見守りに役立てたい』といった声を寄せられることがあるが、前者では、コンピュータ上で傾向を把握すればよいし、後者では当人であることをコンピュータが認識できれば済む話しである。
視覚センサでは画像や映像などのパターンデータを出力するのではなく、動線や混み具合など現状の傾向(統計情報)をシンボルデータとして出力するだけで、さまざまなアプリケーションに役立てることができる。視覚センサは、そうした情報を出力する新しい概念に基づく装置であることを理解してもらうことで、その設置への理解が得られると考えている。
――視覚センサで捉えた映像情報を蓄積しなければ、またシンボルデータとしてのみ出力すれば、プライバシーの問題をクリアできる可能性は高いということになるのか?
上述の内容を踏まえて言うと、公共スペースでは誰でも不特定多数の人の視線にさらされる。これに倣うと、視覚センサで捉えても、すぐに消去すれば他人が見ているのと同等の行為となり、このような条件であれば「OK」という論理が成り立つかもしれない。
視覚センサで捉えた情報を、すぐに消去するということが保証されれば、その設置は許容され、社会的なコンセンサスを得られる可能性がある。ここが、公共空間に視覚センサを設置するための1つの攻めどころになるかもしれない。
――最近になって、顧客との価値の「共創」の重要性がよく指摘されるようになっている。USNの活用により顧客の状況を把握してリアルタイムにサービスを提案することが可能になると期待されているが、顧客情報を得ることの問題は?
顧客情報の取得にかかる問題で指摘されるのは、まずは目的の正当性である。
最近は、多くの店がポイントカードを発行しており、顧客の購買行動などの把握や、より良い顧客の選別に役立てている。店側が自分たちの商売を円滑に進めるために行っているわけだが、顧客に利便性を提供することにより、顧客は喜んでポイントを集めてくれている。この枠組みは店側と顧客との協調関係がうまく構築された例と言える。
視覚センサで顧客情報を取得してサービス提供を行うことを考えた場合、リッチなサービス提供を行うのはポイントカードを持っている顧客のみになるのかもしれない。が、すべての人の情報を対等に収集することが正当であるかどうかと言われると、答えるのは難しい・・・。
また当然のことだが、本人の同意を得たかどうかも問われるだろう。
顧客に適したサービス提供を行うためには、それぞれの顧客を理解していることが求められる。例えば特定の顧客が来店したときに、それを検知してV.I.P待遇で出迎えてあげることが可能になるだろう。ところが、たまたま来店しただけなのに、知らないうちに自分の情報を取られてしまうということは当然、嫌がられるはずである。ゆえに本人の同意を得て、または契約を交わして顧客情報を得ておくことが重要になる。
ここでの問題は技術論ではなく、むしろ手続き論的な話しになるようにと思われる。ただ最近は、有望な顔認識技術などが出てきているので、これらを広く利用していくためには、こうした問題を検討しなければならない段階に来たと認識している。
――ところで、これら一連のプライバシーの問題は、会長を務める「BWA(Broadband Wireless Access)ユビキタスネットワーク研究会」(BWAUNC)でも活発になされていると聞くが?
BWAUNCでは、技術を検討する場と社会問題を議論する場を設けている。後者では、法律家としての弁護士や社会心理学者,評論家などさまざまな分野の先生方に参加してもらって、視覚センサなどで映像を取得することは合法か否か、どのように利用すればプライバシーの問題が発生しないのか、といったことを議論している。最近、米Google社が発表した「Googleマップ ストリートビュー」は、プライバシーにかかわる不適切な画像を含むことで問題視されたが、これに関するマスコミの論調なども参考にしている。
今後、BWAUNCでは、議論が進展した段階でマスコミの人たちを交えて意見をもらうことを検討している。USNを活用したビジネスおよびサービス展開にかかわる課題を社会問題として議論してもらい、これを通じて、妥当な運用ルールづくりにつなげたいと考えている。
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7月28日に開催された「BWAユビキタスネットワーク研究会 第1回総会」の様子。理事会にはウィルコムのほか、京セラ、シャープ、NTTコミュニケーションズ、日本無線、オムロンの6社が参加。喜久川政樹ウィルコム社長は「2009年春野商用開始を目指す次世代PHSネットワークを活用し、早ければ2008年夏には定点カメラなどを使った試験サービスを実施したい」と抱負を述べた。 |
――「BWAUNC」と「センサ情報の社会利用のコンテンツ化」との議論では、どのような関連性を持たせて取り組んでいるのか?
前者では、「WILLCOM CORE(次世代PHS)ネットワーク(*)」を活用した広範な定点設置型カメラ・センサネットワークの構築・運用を計画しており、市街地の防犯やリアルタイムな交通状況の把握など、さまざまなサービス展開に結び付けることを考えている。
後者は、平成21年度までの3カ年のプロジェクトで、センシングノード群が提供するサービスの仕様記述やセンシングWebに対する情報要求の仕様記述などを検討している。今年度中には、これらをまとめる予定でいる。
前者では、おもにビジネスを検討しており、参加企業の方に後者で検討した技術仕様を示し、提示した内容であれば利用可能かどうかを検討してもらっている。サービスおよび情報要求の仕様記述は、XMLのような汎用的な記述形式にする予定だが、どのような記述項目が入っていればサービスアプリケーション間のやり取りが行えるのか、また、シンボル情報のみの提供でサービス提供が行えるのか、あるいは画像情報が必要なのかといったことを議論してもらっている。双方を連携させつつ、それぞれにメリットがあるように取り組んでいる。
*ウィルコムではWILLCOM COREサービス提供時に、カメラ・センサ機器ベンダー、警備保証会社、ソリューション事業者、自治体など協力して、WILLCOM COREネットワークを活用した広範な定点設置型カメラ・センサネットワークを構築・運用する計画を検討している。具体的には。リアルタイムな交通状況把握、安心・安全を目的とした市街地の防犯、天候・環境情報の収集、河川や山岳など災害状況などの観測、観光情報の提供、企業における機器・店舗状況の確認といった目的を含む、各種サービス展開が可能と見ている。
――最後に、これらの双方の取り組みでの活動予定は? またUSNのあるべき姿は?
「センサ情報の社会利用のコンテンツ化」プロジェクトでは、来年にショッピングモールで実証実験を行うことを予定している。混雑状況をはじめモール内の状況をリアルタイムでWebサイト上で提示したり、店舗が協力してくれるのであれば飲食店の空席状況などを知らせたりすることを考えている。近所の住民だと、モール内の状況を知ることにより来店するかどうかを判断することができるだろう。実際に、どのようなサービスが役立つのかを検証する予定でいる。
またBWAUNCでは、ある程度仕様が決まった段階で検討した内容を公開する予定でいる。BWAUNC内で閉じるのではなく、視覚センサなどで取得した情報を広く共有できるよう、オープンな体制で議論していきたい。
はじめに「実世界の観測情報を地球規模で提供する観測型の実世界コンテンツ」として「センシングWeb」を述べたが、このような、みんな共有できるシステムを目指してこそ一般市民への貢献は大きいし、みんなでセンサ情報を共有し合ってこそ健全な社会と言える。われわれはこれを目指しているし、これがUSNのあるべき姿ではないかと思う。
■関連サイト
BWAユビキタスネットワーク研究会
http://www.bwaun.jp/