ロボナブル 2008年 4月特集
「失敗するロボットビジネス 成功するロボットビジネス」
Part3
顧客価値の共創にこそロボットやRTの役割がある -私が考えるロボットビジネスの本命-
石黒氏 ロボットビジネス推進協議会 幹事 石黒 周
Ishiguro Shu:JST・ERATO北野共生システムプロジェクト 技術参事、ロボカップフェデレーション チーフビジネスオフィサーを経て、国際レスキューシステム研究機構 理事、ロボットラボラトリー リーダー、大阪ロボット社会実証実験イニシアティブ 代表、ロボットビジネス推進協議会 幹事などを務める。昨年からは、日刊工業新聞社が運営する「モノづくり推進会議」にて「ロボット研究会」の幹事も務める。

ロボナブル4月特集では、現在ロボットビジネスが陥りやすい問題点を紹介し、それを踏まえ、失敗を避けるための押えどころを解説した。次のフェーズとして、ロボットやRTの役割をどこに、どのように埋め込むことで、より大きな成功を得られるか、その1つの解を、ロボットビジネス推進協議会 幹事の石黒周氏に語ってもらった。また、本稿で紹介する内容は、日刊工業新聞社が運営する「モノづくり推進会議 ロボット研究会」で議論しているテーマでもある。

 近年、市場の成熟化に伴い、製品およびサービスのカスタマイズ化が進んでいます。単にカスタマイズするだけではなく個々人に合わせたトータル価値の提供が求められており、それに伴い、顧客とともに顧客価値を共創(*1)することの重要性が叫ばれています。

 以前は、製品を販売した後やサービスを提供した後に企業が顧客調査をしなければ、使い心地をはじめとする顧客の要求を把握できませんでした。しかし最近は、BlogやSNSなどの発展により、ある強い興味を持った、あるいは専門性を持った顧客同士がWebサイト上にコミュニティを形成して、自分の意見を述べるようになっています。顧客の興味や要望を比較的理解しやすい状況になりつつあります。

 実際、開発企業の中には、これらのサイトをつぶさにウォッチし、場合によってはそのコミュニティを支援することで、次期開発製品の基本機能を見極めたり、開発の重要なヒントを得たりする例が見られます。
  つまり、テクノロジー・ライフサイクル(*2)で言う「イノベーター(Innovator)」や「アーリー・アドプター(Early Adopter)」に分類されるモノ好きや、新しいモノ好きの間で交わされるコミュニケーションを通じて、製品の利用状況や使い心地などを把握する取り組みがなされています。中には、上市前の製品を彼らに貸し出し、意見をもらうことで、製品開発を行っている例も見られます。これらの活動は、顧客と顧客価値を共創していると言えるでしょう。

 しかし本来は、現在、顧客が製品を使って、あるいはサービスを受けて、どのような体験をしているのか、また、どのような感情を抱いているのかを把握し、それに応じてリアルタイムに提案してあげるのが理想的です。
  このように、顧客の状況をつぶさに把握してリアルタイムに提案できる、究極の顧客価値の共創のためのイノベーティブな仕組みや手段の提供こそが、ロボットやRobot Technology(RT)の最も重要な役割であると考えています。

 ロボットの基本的な特徴は、センサを通じて状況を把握し、その情報をコントローラにフィードバックして環境に働きかけることにあります。今後は、顧客とインタラクションしたり使い心地を把握したりする部分、特にインターフェース部分に、このような特徴が埋め込まれると予想されます。
  ロボットとは一見関係がないように思われますが、このような取り組み事例の1つとして、コマツの「KOMTRAX(コムトラックス)」に注目しています。

搭載したGPSや各種センサなどにより、世界中に点在する建機の位置情報や稼働状況などをリアルタイムに把握する。不具合を事前に察知し、故障が起きる前に、事前に対応することで顧客価値の高いサービスを提供している。また、得られる情報から需要予測ができ、在庫調整や投資判断なども行える。コマツ、販売代理店、顧客のすべてがWin-Winの関係を構築しているのが特徴である。わが国では、2001年からすべての建機に搭載。毎月2,000台のペースで搭載しており、2020年には全台導入を目指すという。

 KOMTRAXとは、建機内部に搭載したGPSや各種センサ、無線ネットワークを用いて、世界中の建機の稼働状況を遠隔監視するシステムです。各建機の位置や稼働時間、燃料残量、エンジン負荷、故障情報などを逐次確認でき、これらの情報を、定期整備部品のタイムリーな交換や異常発生時の迅速かつ的確な処置などに役立てています(*3)
  また、建機の稼働時間や燃料残量などの情報を照合することで、顧客が燃料泥棒に遭っていることも把握できるようです。

 この例で象徴的なのは、建機を自律移動させるために各種センサ類を搭載するという、いわゆる“ロボット化”ではなく、顧客の使用状況を把握し、提案を行うために“ロボット化”していることです。結果、カスタマー・ロイヤリティを飛躍的に高めています。

 このような“ロボット化”をさらに進めていくと、次のようなことが可能になるかもしれません。あくまでたとえ話ですが、初心者による建機の操作では、坂道に差し掛かると緊張が増して、操作ミスを犯す可能性が高くなるとします。このとき、その緊張の度合いをセンシングし、あるレベル以上に達すると、KOMTRAXによる遠隔操作によりアシスト機能に切り替えてあげることができるかもしれません。
  操作者が初心者であるのかどうか、また、どのように緊張の度合いをセンシングするのかという課題があるでしょうが、このようなサービスは、まさにリアルタイムな顧客価値の共創と言えます(*4)。また、その機能が好評であれば、次期開発製品の基本機能に加えるという判断を行うこともできるはずです(*5)

 もちろん、このように顧客の状況をつぶさに把握することは、プライバシーの問題に関わるかもしれません。しかし、自社内でうまく処理し、顧客に明確なベネフィットを提示できれば、その問題を乗り越えられるはずです。コマツではそれができているからこそ、喜んでKOMTRAXを使ってもらっているのでしょう。
現在、コマツではサービス(ここでは「無償」の意味)としてKOMTRAXを提供しているようですが、昨今のモノ経済からサービス経済への移行という流れを見ると、いずれは、建機以上に大きな価値が認められ、有料化することで大きな売り上げになると想像されます。

 現在のロボット開発では、肉体労働や単純労働の自動化など、サービスで言うバックステージ側の問題解決に集中しがちです。また最近は、各種機器やサービスの高度化にもRTを利用するという流れもありますが、顧客とインタラクションするフロントステージにこそ大きな価値があり、ここにロボットやRTを投入していくことを検討すべきです。

 顧客の経験をつぶさに把握し、より良い提案をリアルタイムで行う――。このような顧客と経験を共有し、その経験価値を高める活動にこそロボットやRTの役割があり、ロボットビジネスの本命であると考えています。また今後、ビジネス展開をしていくうえで、次の一手を打つためにも、こうした活動ができる状況をつくっておくことは不可欠と思われます。   (談)

(注釈)
*1:サービスサイエンスでは、顧客価値は顧客の関与により次の4つのフェーズに分けられると考えられている。提供者側からの製品やサービスの「提供」のフェーズ、顧客価値をより意識して製品やサービスの内容、提供の仕方を調整する「適合」のフェーズ、顧客とともに新しい価値を創造する「共創」のフェーズ、顧客が最初から自発的に趣味やボランティアを狙いとして価値を創造する「自律」のフェーズ、である。
ただし、ここでの「共創」は「Suica」や「Edy」などの電子マネーのように、あらかじめ提供企業から与えられた機能やサービスを、先進ユーザーが有効にすることで創出されるものであり、カスタマイズの域を出ていない。これに対し、石黒氏が言う「共創」は、ユーザー経験をつぶさに把握してリアルタイムに顧客価値を提案する、“真の共創”を意図している。

*2:スタンフォード大学のロジャース教授が提唱する「イノベーター理論」は、イノベーションの普及に関する定説として知られており、そこでは、新しい製品やサービスが浸透する順(テクノロジー・ライフサイクル)に、顧客を5つのグループに分類している。すなわち、「イノベーター(Innovator)」「アーリー・アドプター(Early Adopter)」「アーリー・マジョリティ(Early Majority」「レイト・マジョリティ(Late Majority)」「ラガード(Laggard)」である。モノ好きや新しいモノ好きに分類されるイノベーターおよびアーリー・アドプターと、アーリー・マジョリティ以下との間には、新しい製品やサービスの浸透度に大きな溝があると言われている。

*3:ユーザー自身もコマツの会員制ホームページ「E-KOMATSU.Net」(http://www.e-komatsu.com/members/)を通じて、自社の車両の位置・稼働状況などを無料で閲覧できる。

*4:ローンを組んで建機を購入する個人オーナーの中には、第三者へのレンタル収入を返済に充てている。特に中国では、そうした個人オーナーが多いという。KOMTRAXを利用すれば、レンタルした建機の稼働状況から個人オーナーの支払い能力を確認することができ、返済が停滞している個人ユーザーには、遠隔操作によるエンジンロック機能で停止するようなことも行っている。
建機のマネジメントでは「機械を止めない」「稼働率を落とさない」ことが重要であり、オーナーにとっては、積極的にレンタルしていく方がよい。KOMTRAXでは、その管理は容易であり、「場合によっては、コマツと顧客とによる新たなレンタルサービスが創出されるのではないか」と、石黒氏は話す。

*5:コマツでは、KOMTRAXによって収集した稼働データをもとに生産量や在庫調整、投資の判断を行っている。需要変動への適切な対応により、シェア拡大に結び付けている。
また、コマツでは部品の履歴情報などを管理するために電子タグの導入も積極的に進めている。KOMTRAXを上流でのマクロな情報収集ツールとして、電子タグを部品単位の動きを可視化するミクロな情報収集ツールとして、それぞれ位置づけている。

■関連サイト
モノづくり推進会議
http://www.cho-monodzukuri.jp/

コマツ
http://www.komatsu.co.jp/