自律移動ロボ一筋20年!伴旬作の温故知新

 東日本大震災にて被災された方々に心よりお見舞い申し上げますとともに、1日も早い復興がなされることをお祈り申し上げます。

 さて、本コラムの最終回を迎えました。筆者は人とロボットが共生する世界を夢見て、自律移動ロボットの研究を開始し、過去に紹介した気水さん(無菌室消毒ロボットの発案者)や清竹さん(バイオクリーンルームの研究者、第3回を参照)をはじめ多くの方々に助けられ、約20年にもわたり研究を続けられました。

 最終回では、筆者のロボット開発において、これを抜きには語れない、2006年以降にロボットラボラトリー(ロボラボ)の支援で取り組んだ実証実験を紹介します。実証実験は、上市に向けた機能およびビジネスモデルを検証するうえで必須の取り組みであり、筆者が開発した多目的清掃ロボットも、これを通じて上市に漕ぎ着けることができました。商品化に向けた活動を本格化されるみなさんの参考になれば幸いです。

大阪で心機一転、UCW大阪での実証実験

 2005年開催の「愛・地球博」の後、駅での実用化検討や介護施設などでの実証実験に取り組みました。前回紹介したように、介護福祉施設では人とロボットの協調作業の有効性や周囲に与える癒し効果などが見出され、意義深い取り組みとなりました。その一方で、作業領域の入力をはじめとする初期設定の効率化や、距離センサやジャイロセンサのさらなる高精度化など、実用化に向け解決すべき課題も山積しました。開発者にとっては厳しい結果でもありました。
 また、愛・地球博から1年が経過し、広報機会の少ない筆者のロボットは世間から忘れ去られてしまいました。実用化に向けて地道で孤独な戦いがまだまだ続くのかと思うと気が遠くなり、「この先どこまで頑張れるだろうか?」と弱気になることが多々ありました。

  これに対し、大阪では2004年に次世代ロボットビジネスの創出拠点「ロボットラボラトリー」が設立されたうえ、ひと足早く結成された次世代ロボット開発ネットワーク「RooBO(ローボ)」の会員企業がすでに200社(当時)を超えていました。2005年のロボカップ世界大会の開催後、大阪は次世代ロボットの実現に向けて燃え上がっていました。

 それまで関東を中心に市場調査や実証実験を行っていた筆者ですが、閉塞状況を打開すべくRooBOに入会しようと当時の事務局長さんに面会しました。事務局長さんは筆者のロボットの映像を見て高く評価してくださり、全面的にバックアップしてもらえることになりました。
 驚かされたのは、その後の展開の速さです。すぐにパートナー企業の紹介や共同プロジェクトの立ち上げ、補助金申請書の作成へと進展しました。そして、会員の企画・調査をサポートするRooBOブレインズの方々の支援を受け、物流倉庫業界に向け多目的ロボットの開発・事業化〔物流倉庫の清掃・警備機能に加え、商品収集作業(ピッキング)を手助けする案内誘導型ピッキングカート機能の追加などを想定したシステム〕を目的としたプロジェクトの補助金申請をしました。この間、わずか2週間というスピードです。

 審査結果は次点だったため採択とはなりませんでしたが、大阪のパッションと行動力、思考の柔軟さには驚かされるとともに元気づけられました。また、筆者と同様に人とロボットの共生を志すRooBO会員の方々との交流は大きな励みになりました。

 その後も機械警備を主とされるパートナー企業との関係性を維持しつつ、今度は、ロボラボが主催するユニバーサルシティーウォーク(UCW)大阪での実証実験に参加しました。補助金と実証実験への申請が、審査員全員一致で採択されての参加でした。持ち込んだのは継続的に開発している多目的清掃ロボットで、以前から構想していたレーザレンジファインダー(LRF)による障害物の種別識別(人検出)および移動方向認識機能を開発、検証しました。

 これらの機能を、想定していた期間の約1/3で開発する必要に迫られ、自宅に開発ツールを持ち込み、正月休み返上でプログラムの作成に没頭しました。これまでの人生の中でもっともタイトな仕事となりました。そのために、ある日突然、物が二重に見えるようになり、文章を読んだり階段を降りたりするのに大変苦労しました。医師の見立てによると、スケジュールに追い立てられると起きる症状のようで、開発終了後は正常に戻りました。今となっては良い思い出です。
  実証実験では多数の新聞社やテレビ局に取材してもらうことができ、また、その後のビジネスマッチング会を通じて多くの企業と関わりを持てたお陰で、多目的清掃ロボットの認知度は飛躍的に高まりました。

 その後、実施された2度目の実証実験では上述の機能に加え、インターネット経由での遠隔制御・遠隔コミュニケーションを検証し、多目的清掃ロボットの自律制御と遠隔制御とを融合した制御技術の有効性が確認できました。将来の遠隔ロボットサービスの可能性を切り拓くものであり、10年ほど前に参加したアールキューブ(Real-Time Remote Robotics:R3)構想の実現をイメージさせてくれました。ロボラボスタッフの方のお陰で、筆者にとって大変意義深い実証実験となりました。

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ユニバーサルシティウォーク大阪での実証実験のイメージ。インターネット経由での遠隔制御・遠隔コミュニケーションを検証しました。プロジェクターに映し出されているのは俯瞰カメラの映像(右)とロボットの搭載カメラの映像(左)です。多目的清掃ロボットに実装した制御技術の有効性を確認することができ、たいへん意義深い取り組みとなりました。

実証実験の場をどのように生かすか

 みなさんも意識されていると思いますが、実証実験には技術的な検証に加え、広報発表一般公開という意味合いもあります。UCW大阪での取り組みでは、認知度の向上で効果は覿(てき)面でした。

 一方、第一の目的である技術検証でも、一般公開に先立って実施した実験を通じて、様々なことが確認できました。LRFによる障害物の種別識別機能はその1つで、機能の限界を把握することができました。また、パートナー企業(機械警備会社)の開発スタッフに遠隔制御・遠隔コミュニケーションシステムを評価してもらい、遠隔制御の操作性や応答性、遠隔通信での動画像の分解能などについて、遠隔警備向け監視カメラとして使えることも確認できました。
  ほかにも、その後の開発につながる様々な知見が得られましたが、事前の現地調査を通じて検証可能な項目を抽出し、パートナー企業とともに実施計画を立てたことによるものです。また、実証実験の機会を最大限に生かすポイントになったともいえ、重要な活動だったと思い返されます。

  冒頭で触れました通り、以前の介護施設での実証実験では初期設定の効率化が課題にあがりましたが、今回のLRFの搭載は、これに寄与することになりました。
 その概要を紹介しますと、多目的清掃ロボットに限らず、自律移動ロボットを運用する際は、事前に作業領域の形状や作業工程を教示しなければなりません。特に業務用清掃ロボットとなると、通路からホールへ、さらにはまた別の通路へ・・・と複雑な作業領域でも自律的に移動し、清掃できなければなりません。実証実験で開発したLRFによる地図生成機能をさらに高度化し、その地図情報をもとにパソコン上で作業領域や移動命令などを入力できるソフトウエアを用意することで、初期設定が大幅に効率化しました。
 また、その後は奈良先端科学技術大学院大学と共同で、LRFを2台搭載しての3次元計測および3次元環境地図生成機能の開発に至りました。初期設定に必要な環境地図の作成がより一層簡易になるはずです。今後、いずれかの段階で実装されるのではと想像しています。

人を救う利他のロボットを目指して

 これまで6回にわたり、開発者としての人生を振り返りつつ、多目的清掃ロボットの実現に向けた苦闘を紹介してきました。私見かも知れませんが、わが国では鉄腕アトムに始まり、極限作業ロボットヒューマンフレンドリーネットワークロボットなど、常に人を救うロボット、すなわち利他のロボットを目指した研究開発がなされてきたように思います。

 いまも余震が続く東日本大震災においては、消防隊員や医療・介護スタッフをはじめとする多くの人たちの献身的な努力により、救助や復旧への取り組みが続けられていますが、ここでロボットを活用できればどれほど良かったことでしょう。残念ながら、今回の震災には開発や運用体制が間に合いませんでしたが、今後に備え、たとえ数十年を要しても利他のロボットを実現しなければならないと考えます。

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将来の利他のロボットのイメージの1つ。今回の東日本大震災では、技術面に加え、制度面での問題から原発という危険地所のモニタリングや修復活動に投入できない状況が続いていますが、近い将来には間違いなく、このような国民の暮らしに根付く利他のロボットが活躍すると想像されます。現在、政府と東京電力の統合連絡本部内の「リモートコントロールプロジェクトチーム」で、福島第一原発に投入できる無人化システムが検討されているそうです。レスキューロボットも含まれるそうで、今後に向けて導入実績が創出されることを期待します。

 利他のロボット――。
 これは筆者が目指してきた人と共生するロボットのあるべき姿です。人との共生というと「友達ロボット」をイメージされる方が多いでしょうし、筆者も最初は、そんなイメージを抱いていました。しかし、長年にわたる研究開発を経て、利他であるからこそ人と共生でき、私たちの暮らしの中に根付き様々な分野で活躍し、人に愛されるロボットになると確信しています。友達ロボットばかりではありません。そして、これこそが次世代ロボットだと捉えています。

 次世代ロボットの研究開発は、要求される技術レベルが非常に高く、企業の開発者には乗り越えなければならない試練が「これでもかっ!」「これでもかっ!」と、やってきます。とてつもなくタイトな仕事になります。
 しかし、今回の原発事故に伴う危険地所での作業はもとより、超高齢化社会に起因する諸問題をクリアし、人類に幸福をもたらすためには次世代ロボットは必須です。このためには、大学など研究機関における基礎研究と、企業による実用化および事業化の両方が必要であり、そして、これらを結び付ける国プロや地域における産学連携は大きな力になるはずです。

 筆者が開発してきた多目的清掃ロボットは2009年の冬に実用化に至り、いまは本格的な事業化に向け邁進中です。事業化は筆者の得意とするところではないようですので昨年、20年近くにわたる自律移動ロボットの研究開発を若い世代に引き継ぎ、いまは新たなモノづくりに挑戦中です。リーマンショックの影響もあり、ここ数年のロボット開発は一時の活気を欠いていますが、読者のみなさんの努力により、再び盛り上がることを願っています。

 多くの方々の支援により、「次世代ロボット実用化の一助となりたい」との夢が実現できました。いまは達成感とともに感謝の思いでいっぱいです。願わくば私の経験を次代のロボット技術者に伝えたいと考えていたところ、本コラムの執筆という場をいただきました。こうした機会が得られたことに心から感謝し、コラムの結びとさせていただきます。
 読者のみなさま、約1年間にわたりありがとうございました。

 

●執筆者紹介

syunsakuイメージ伴 旬作さん(Ban Syunsaku)
 大手光学機器メーカーの計測機器開発部にて分光計測機器などの開発に従事した後、1991年より次世代ロボットの応用分野の探索、物体認識用ロボットビジョンの研究など、RT分野の研究開発を開始。以後、20年近くにわたり自律移動技術の応用として無菌病室床消毒ロボットや業務用清掃ロボットの実用化・製品化に取り組む。現在は、環境計測分野へのRTの応用に取り組むことを検討している。

 今回は、前々回(第3回)に紹介した無菌室消毒ロボット「ロボサニタン」を発展させ、2009年秋にようやく実用化できた多目的清掃ロボットの開発と、それを通じて得た知見を紹介します。
 前回、説明したように、ロボサニタンの開発はあえなく中止となりましたが、気水さん(無菌室消毒ロボットの発案者)や清竹さん(バイオクリーンルームの研究者)の仲介で(詳細は第3回を参照)、幸運にも移籍した会社で開発を継続することができました。開発をリスタートした頃から話を始めます。

ワックスロボから多目的清掃ロボの開発へ

  ロボサニタンの開発終盤(1997年頃)ではワックス清掃への改良が進み、構想設計がほぼ完成していたことから、移籍先ではまず、ワックスロボットとしての実現に取り組みました。大型店舗や空港など広大な敷地での利用をターゲットにしており、開発では広い場所での実験が求められましたが、休憩時間を除いて工場の食堂を使えたばかりか、大阪の一等地で400㎡にもなる空室を格安の賃料で利用することができました。ビルを建設されたゼネコンの所長さんの仲介によるもので、ここでも周囲の方のご好意に感謝しました。

 清竹さんとは再び顧問契約をし、様々な場所で聞き取り調査を行いました。さっそく清竹さんのセッティングで10社以上のビルメンテナンス会社に空港に集まってもらい、ワックスロボットのデモならびにインタビュー調査を実施しました。空港管理会社の部長(当時)さんには、以前からロボサニタンに高い関心を持ってもらっており、お声がけいただいたことから実現した取り組みです。

 調査の結果、ワックスロボットの評価は良好だったのですが、想定される市場規模は最大でも100台程度(日本国内)でした。参加した企業のうち1社が2,000台の導入の可能性があるとのことで、その企業との提携案として企画書を作成しましたが、経営トップからは「ノー」との返答がなされました。当時、経営トップには別ルートからワックス市場が縮小傾向にあるとの情報が舞い込んでいたからです。この方向性での商品化は延期となり、その後、吸引をはじめ一般的な清掃機能を追加した「多目的清掃ロボット」へと路線変更することになりました。

 当時、開発担当としては大変ショックでしたが、今から思えば、この決断は正解でした。その後、清掃業界ではワックス清掃にかかる費用がみるみる低下し、要求されるロボットの市場価格も低下したからです。たった1年間で半分程度にまで費用が低下しました。
  また、筆者の判断は開発担当としての思い入れが強く、インタビュー結果を客観的に、かつ正しく反映していなかったからでもあります。市場規模よりも、市場の成長率をもとに判断すべきでした。マーケティングは技術開発と同等、もしくはそれ以上に難しく、重要な作業だと思うばかりです。

ロボットにも礼儀正しさや思いやる行動 も必要!?

 多目的清掃ロボットへの路線変更に伴い、吸引清掃機能の開発に着手することになりましたが、実はロボサニタンを開発した当初、同じ機能を有するロボットも開発していました。当時は二次電池の電池容量に制約があり開発を断念したのですが、数年のうちに関連技術が進展したおかげで、2004年の夏には“可愛らしくて働き者”をコンセプトにした試作機が完成しました。発話機能に加え、搭載した無線ネットワークカメラを介した遠隔操作も可能で、ロボサニタンで目指していた拡張機能が具現化されました。そして、東京・青山のTEPIAプラザで開催された「e-ライフ展」に出展することになります。 

  同展では、カーペット床の3m四方のステージ上で、超音波距離センサと左右にスライドする吸引ノズルにより隅々まで清掃できることを、デモを通じてPRしました。ところが、それ以上に外観デザインやヒューマンインターフェースに注目が集まり、ロボットがヒューマンフレンドリーであることの大切さを実感しました。
  同展でのデモは、バックヤードでの清掃作業を想定していたことから、また来場者との接触の危険性も考慮し、ステージ上で隔離した状況での実施でした。それから間もなくして、翌年(2005年)の「愛・地球博」の会場内で、来場者がいる中で清掃作業をしてほしいとの依頼が舞い込みます。特許庁が主催する「知的財産が拓く未来の夢展」への出品でした。

  ただし、セールスポイントである壁の隅々までの清掃作業を行うと、来場者にも同様に接近するため、接近した人がふいに動き出すと接触してしまいます。万一、子供にケガを負わせたりすれば、“ただ”では済みません。一方で、万博への出展という晴れ舞台を逃したくないので、安全機能のさらなる向上に取り組みました。具体的には、超音波距離センサにより障害物が静止物体であるか、それとも移動物体であるかを識別し、さらに、8個の赤外線距離センサで障害物の形状を計測し、障害物の「人らしさ」を推定する機能を追加しました。

 これにより人を検出した場合には離れた位置で停止し、『お掃除したいので道を空けてもらえませんか?』とかわいらしい声でお願いをしたり、道を空けてもらえば『ありがとうございます!』とお礼をいって作業を再開したりすることが可能になりました。また、人が急に飛び出したりしてバンパに接触したときは『あっ、ごめんなさい!』と謝ります。ロボット自身が話しかけることで、それに注意を向けてもらうことで安全性を確保するのはもちろん、道をあけてもらって清掃作業を継続したい、また、礼儀正しく振る舞うことでロボットを大切に扱ってもらえるように、との思いからの対応でした。

 ところが、この追加機能は想定外の効果を生み出しました。「礼儀正しい」「お利口さん」「健気(けなげ)」・・・と、老若男女、洋の東西を問わず、ロボットに感情移入してもらうことができ、ロボットの周囲は笑顔で満ちあふれました。人同士のコミュニケーションと同様、ロボットにも礼儀正しさや相手を思いやる行動、黙々と仕事をこなす勤勉さに、人は知性を感じるのではという思いを強くしました。

wajima1.jpgロボットも礼儀正しさや相手を思いやる行動、勤勉さなどを備えれば、人は知性を感じるのかもしれません。 

ロボットは人の心に何かを与える

 愛・地球博での好感触を追い風に、様々な場所や分野で実用化に向けた検討に入りました。鉄道や空港、大型商業施設、オフィスビル、高齢者介護施設、さらには原子力発電所など多岐にわたります。特に、今でも印象に残っているのが特別養護老人ホームでの4カ月にわたる実証実験です。

 ここでは、ロボットの実用化には人との協調作業が効果的であることを実証するため、1人の男性作業員と二人三脚で、毎朝の清掃作業を行いました。このような作業を成立させるには人のモチベーションが重要であり、作業員が主体であるべきですが当初、作業員の方はロボットに対し拒否反応を示されました。
 ところが、
 『ロボットは1人ではまだ仕事ができません。あなたがロボットの世話をして護ってやってください』
 こうお願いすると、
 『よしわかった。任せとけ!』
 作業員の態度は一変し、すぐにロボットの操作に慣れ、楽しくかつ積極的に清掃作業をしてくれるようになりました。ロボットの面倒をよく見ていただき、愛情を注いでくれたのです。ときには、介護スタッフの人たちから『今日のロボ君のご機嫌はいかが?』と声をかけられると、『絶好調だよ!』という具合に明るい挨拶が交わされるなど、ロボットが存在することで老人ホーム全体が明るくなりました。

wajima2.jpgロボットが存在することで老人ホームの雰囲気が明るくなりました。ロボットは人の心に影響を与える可能性があると筆者は感じています。 

 そうしたこともあり、4カ月後にロボットを引き取りに伺った際、作業員の方が去りゆくロボットをとても寂しそうに見つめられておられ、その姿に胸が痛くなったことを鮮明に憶えています。少々感傷的かもしれませんが、ロボットは人と友達になれる存在であり、人に愛情を感じさせる何かを持っている。そう思わずにはいられない出来事でした。

 こうして筆者は、愛・地球博や介護施設での実証実験を通して、ロボットが人の心に影響を与える可能性を実感しました。ロボットは人の心に、特に子供たちの心に何かを与え、人の未来を左右する存在になり得る。そう筆者は感じています。

 

●執筆者紹介

syunsakuイメージ伴 旬作さん(Ban Syunsaku)
 大手光学機器メーカーの計測機器開発部にて分光計測機器などの開発に従事した後、1991年より次世代ロボットの応用分野の探索、物体認識用ロボットビジョンの研究など、RT分野の研究開発を開始。以後、20年近くにわたり自律移動技術の応用として無菌病室床消毒ロボットや業務用清掃ロボットの実用化・製品化に取り組む。現在は、環境計測分野へのRTの応用に取り組むことを検討している。

 今回は、これまでの無菌室消毒ロボット「ロボサニタン」の話題から離れ、筆者のロボット開発に多大な影響を与えた社外プロジェクトを振り返ります。最先端技術が集約された産学官連携プロジェクトへの参加は、企業の研究開発における中長期目標および技術ロードマップを策定するうえで重要な指針となります。実際、筆者も研究開発の方向性を決定する際の土台となりました。

 筆者がロボット研究を開始した頃、通商産業省(現・経済産業省)による大型開発プロジェクト「極限作業ロボット」が終了し、その成果発表がなされていました。また第1回コラムでも触れましたが、早稲田大学の「ヒューマノイドプロジェクト」や通産省の先導研究「ヒューマン・フレンドリー・ネットワーク・ロボティクス」に参加し、アールキューブ(R3や物体認識、バーチャルリアリティなど、黎明期ならではのRT(Robot Technology)の若々しいエネルギーを肌で感じ、大きな刺激を受けました。

テレイグジスタンス技術に感銘を受ける

 ご存知の方も多いと思いますが、1983~1990年にかけて実施された極限作業ロボットにて原子力プラント内で弁の分解作業などを行う半人半馬型のロボットが開発されました。ギリシャ神話のケンタウロスを彷彿とさせる外観で、4脚歩行で移動や階段の昇降などを行います。ステレオカメラと、力覚フィードバック付き4本指を有する7軸双腕マニピュレータを搭載し、テレイグジスタンス技術により遠隔操作で指先でナットを回したり、スパナを使って作業したりする優れものでした。

イラスト1.jpg極限作業ロボットで開発された半人半馬型のロボットは力覚フィードバックが可能な4本指を搭載しており、人間と同じ道具を使って作業が行えました。

 ロボット研究をスタートしたばかりだった筆者は、シンポジウムなどで紹介されるビデオ映像に感銘を受けるとともに、テレイグジスタンス技術が実用レベルに到達していることを知りました。一方、歩行制御技術については歩行速度が300m/hだったことから、実用化にはほど遠く感じられました。その後、筆者はテレイグジスタンスによる作業をロボット自身にさせてみたいと考え、アクティブビジョンによる物体認識技術の研究を始めています。

 極限作業ロボットの歩行制御技術は“まだまだ”のように感じられましたが当時、歩行ロボットの研究は早稲田大学が突出していました。早大は長年にわたり2足歩行ロボットや鍵盤楽器演奏ロボットなどヒューマノイドの研究を行っており、1992年からは早稲田ヒューマノイドプロジェクトがスタートしました。当時、2足歩行技術は静歩行から動歩行へと進展し、また段差乗り越えなどの研究も進み、大変注目されていました。しかしながら、ケーブル類でつながれた状態での歩行であり、実用化に至るには相当な時間を要するように感じられました。

 筆者は歩行ロボットに強い興味を抱いていましたが、企業人である以上、商品化を前提に検討しなければなりませんので、これらの技術とはいったん距離を置き、車輪型自律移動機構の開発を始めました。これまでに紹介したロボサニタンの開発につながるわけです。とはいえ、後述のように同プロジェクトに参加することになります。
 この頃すでに、ホンダ(本田技術研究所)では密かに2足歩行ロボットの研究を始められていました。モビリティの新機軸として研究開発に着手するという発想のスケールの大きさには脱帽です。ASIMOが発表された後、筆者はホンダ製のクルマに乗り換えました。

自社のロボット研究に寄与したR3構想

 その後の1996年に、通産省の先導研究としてヒューマン・フレンドリー・ネットワーク・ロボティクスがスタートし、筆者も委員として参加しました。この研究は、1998から5年間にわたり実施された経産省の「人間協調・共存型ロボットシステムの研究開発」(HRP:Humanoid Robotics Project)につながる研究で、次の4つのワーキンググループ(WG)を母体に進められました。

(1)研究用アンドロイド型ロボット・プラットフォーム
(2)人間共存型ロボティクス
(3)ネットベーストロボティクス
(4)アールキューブ構想(Real-Time Remote Robotics:R3

1996年度は、研究用アンドロイド型ロボット・プラットフォームの概念仕様の検討、人間共存型ロボティクス、ネットベーストロボティクス、アールキューブ構想の課題調査を、1997年度は研究用アンドロイド型・プラットフォームの詳細仕様・製作計画の策定、プロジェクトフォーメーションを、それぞれ実施。

 筆者は、ロボサニタンの自律移動技術に役立つことに加え、アクティブビジョンとテレイグジスタンスの融合を目指したい理由から、当時・東京大学(現在は慶応大学)の舘暲(たち すすむ)先生がリーダーを務められた(4)に参加しました。Rとはテレイグジスタンス技術を用いた遠隔制御ロボットシステムで、離れたところにいるヒューマノイドが、あたかも自分自身であるかのように臨場感を持って操作できるシステムのことです。

 WGでは(1)~(3)の各WGにて要素技術が開発されることを想定し、様々な企業から参加した委員がそれぞれの探索分野を分担してRのアイデアを持ち寄ることになりました。筆者は医療福祉分野災害救助分野を担当しました。無菌室清掃ロボットの開発経験が役立つと考えたからであり、また災害救助は阪神大震災の翌年で、やりがいがあるテーマと感じたからです。看護師ロボットや双腕の大型クローラロボット、ベッドに付き添うR3見守り・介護ロボットなどのアイデアを、使用状況を示すイメージイラストとともに発表しました。

 看護師ロボットの全体イメージは、後にテムザックから商品化された「テムザック4」のようなデザインです。顔部分を曲面の液晶表示とし、遠隔操作時はオペレータ(看護師さん)の顔がリアルタイムに表示され、自律制御時はアニメティックな可愛いロボットの顔になるという仕組みを提示しました。また災害救助ロボットは、これもまた後にテムザックから発表された「T-52援竜」のような構成です。どちらも数年後に、類似のロボットが出現したことに大変驚かされました。
 看護師ロボットの移動機構はテムザック4と同じく車輪移動です。医療・介護の分野では環境がバリアフリーになっており、車輪移動が効率的と考えたからです。また、レスキューロボットでは不整地移動に適したクローラが最適と考えました。 

イラスト2.jpg看護師ロボットは遠隔操作を行う看護師の顔がリアルタイムに表示され、また、患者に触れたときの触覚もフィードバックされることを想定していました。

 さらに、R見守りロボットに要求される機能についても考察し、発表しました。具体的な使用状況をイメージしつつ考察を進めるに従い、セキュリティや安全性でかなり技術的難度の高い課題が浮かんできました。
 その一端を紹介すると、このロボットは無菌病室のように家族が立ち入れない病室内で看護をしたりスキンシップを伴うコミュニケーションをしたり、遠方にいる寝たきりの家族を介護したりするといった利用方法を想定していました。ただし、悪意を持つ他人にネットワーク内に侵入されると、ロボットにより物理的な作用を与えられるため、患者の生命に関わる重大な問題になります。厳重なセキュリティ管理が必須です。また、患者や被介護者などへの物理的な接触を回避するため、ロボットの全身に触覚センサを貼り巡らし、かつリアルタイムに操作者に伝達できるセンサスーツのようなデバイスと自律制御の高速安全回避機能との併用を考えましたが、大掛かりで通信速度の点などかなり難度の高いシステムとなることが予想されました。

 これらの構想は、将来の要素技術の進展を期待してのものであり、ここでの考察は別途、筆者の開発に役立てています。この頃から、ロボサニタンに無線通信のカメラを搭載し、PHSによる遠隔制御で巡回監視を行うロボットの開発を始めていました。

早稲田大学ヒューマノイドプロジェクト

 アールキューブWGでは、早大でヒューマノイドプロジェクトのリーダーを務めておられた橋本周司先生も委員をされ、先生と会社との間で話が進展したことから、ほどなく同プロジェクトにも参加することになりました。先生とは、当時開発中のロボサニタンをもとに共同研究テーマを検討し、これを移動部に使った環境認識自律移動ロボットを研究することになりました。最近、関連文献を調査したところ、バイオメカニズム学会誌に寄稿されているのを発見しました(バイオメカニズム学会誌,vol.24 No.4 ,2000)。

 「図6 能動的視覚ロボット」の移動部にはロボサニタンを用いています。能動的視覚ロボットは自ら計画して移動しながらアクティブビジョン(視覚情報により目的に応じてカメラそのものの動きを制御)により環境中の特徴物を抽出、ランドマークとして記憶し、環境地図を生成します。ランドマークの抽出では環境中の物体の色や形状だけでなく、柱時計の振り子のような動きも特徴として認識するとのことでした。筆者の開発チームは、この研究を支援すべくロボサニタンの機能追加に取り組みました。

先端技術の研究開発は社会の活性化に

 改めて振り返ってみると、外部プロジェクトから得たものは大きかったと言えます。第3回で紹介したように、ターゲット市場に深く入り込んで現場を調査し、製品仕様にフィードバックすることは開発上とても大切です。それと同じぐらい、最先端の研究に触れ、そこで得た知見やアイデアにより将来のロードマップを描き、大きな視野で研究開発を進めることも重要です。

 これらのプロジェクトへの参加を通じて、筆者の開発チームはRと物体認識、自律移動を融合したアクティブビジョン搭載の汎用移動プラットフォームの開発に着手し、さらには、車輪移動型ヒューマノイドの開発を目指した、アクティブビジョンによる物体認識とマニピュレータの連動制御、表情理解によるヒューマンマシンコミュニケーション技術の研究へと開発領域を拡大していきました。

 今年6月に、地球から小惑星「イトカワ」まで往復60億kmの宇宙の旅を経て小惑星探査機「はやぶさ」が帰還し、国民に大きな感動を与えました。ヒューマノイドが将来、実用化されるかどうかは議論の余地がありますが、はやぶさと同様、高い目標を持って先端技術の研究に邁進することは社会全体の活性化に寄与するはずです。また、10年、20年先を見据えた企業の研究開発にも好影響を与えるはずです。

 ところが残念なことに、筆者はこれらのプロジェクトの完了を見届けることなく、研究の場を移すことになります。会社の経営方針が代わり、ロボサニタンの開発中止が決定されたためです。次回は、ロボサニタンを発展させ、2009年秋にようやく商品化となった多目的清掃ロボットの開発を紹介します。  

 

●執筆者紹介

syunsakuイメージ伴 旬作さん(Ban Syunsaku)
 大手光学機器メーカーの計測機器開発部にて分光計測機器などの開発に従事した後、1991年より次世代ロボットの応用分野の探索、物体認識用ロボットビジョンの研究など、RT分野の研究開発を開始。以後、20年近くにわたり自律移動技術の応用として無菌病室床消毒ロボットや業務用清掃ロボットの実用化・製品化に取り組む。現在は、環境計測分野へのRTの応用に取り組むことを検討している。

 今回は、無菌室消毒ロボットの実用化に向けた取り組みを紹介します。開発チーム内でのアイデア出しから、ユーザーへのヒアリング、開発コンセプトの構築、技術検証、用途拡大への模索、商品化に向けた課題までを、実際に検討した流れに沿って説明します。みなさんの開発の参考になるよう、各段階で当時、筆者が気づいたことや得た知見なども、反省を含めて随時紹介します。話題がやや発散することをご容赦下さい。

 また、今回は2名の重要人物が登場しますので、あらかじめ紹介しておきます。
 1人目は、前回も紹介した無菌病室の専門家であり、無菌病室消毒ロボットの発案者です。俳句を趣味にされているので、俳号である「気水さん」と呼ぶことにします。気水さんは現在、研究されている高温水蒸気による殺菌システムに由来します。
 2人目は、病院をはじめ半導体クリーンルームや食品・製薬分野などのバイオクリーンルームの清浄度向上を研究する清竹さんです。気水さんから紹介されました。ユニークな発想と行動力でもって興味深い研究をしていることから、顧問契約を結びました。出会ってからすでに17、8年にもなりますが、いまも情報交換をさせてもらっています。

親子ロボも登場したアイデアコンペ:アイデア出し

 開発テーマが確定した後の「アイデア出し」は、開発段階で最も楽しいときです。当時、5、6名の開発スタッフがおり、うち入社1年目から3年目までの若手スタッフが1名ずつ在席していました。「彼らに開発の楽しさを味わってもらいたい」「自主的に開発に臨んでほしい」との想いから、アイデアコンペを実施。気水さんの商品イメージをもとに各メンバーからアイデアを提出してもらいました。

 それぞれにユニークな内容が提示され、例えば、床を磨くための回転ブラシを移動機構に兼用するものや、大きなゴミを回収した後に消毒を行うもの、15cm程度の子供ロボットが、タンクなどを備える1m程度の親ロボットから出てきて掃除や消毒を行う親子タイプなどが示されました。捨てがたいアイデアばかりでしたが、狭所での小回りが利き、位置決めもしやすいといった理由から、親子ロボットに仮設定しました。さっそく企画書を作成し、ユーザーへのヒアリングを実施するとともに、フィジビリティスタディ(実現可能性の検証)として子供ロボットの試作に着手しました。

post-100921_1.jpg 15cm程度の子供ロボットが、タンクなどを備える1m程度の親ロボットから出てきて掃除や消毒を行う親子タイプなど、アイデアコンペでは捨てがたいアイデアが数多く提示された(イラストには若干遊びを加えて表現しています)。

 

前向きな人を探すことが肝要:ユーザーへのヒアリング

 企画立案後、気水さんは多くの無菌病室を保有する大阪市内のとある大病院を紹介してくれました。このような消毒ロボットの必要性は仮説に過ぎず、実際に無菌病室内で日々業務に携わる医師や看護師の意見を聞き、その検証を行うことが求められます。
 ここで注意すべきことは、ロボットのような新たなシステムに関するニーズ調査では、思ったほど明確なニーズを得にくいということです。ゆえに、仮説をわかりやすく示すのはもちろん、ユーザー個々人に合わせて説明することが求められます。

 このときの相手は大病院のベテラン医師や看護師であり、優秀な方ばかりでしたが、ロボットに興味がある人がいればそうでない人もいますし、想像力豊かな人がいれば現実派の人もいました。それぞれに個性やバックグランドを持っているので、前向きに仮説に向き合ってくれる人に出会うまで、へこたれずに調査し続ける意気込みで臨みました。
 幸運にも、巡り逢った先生はとても柔軟で想像力豊かな方でした。後に病院長に就任されましたが、将棋の名手として新聞に紹介されるほど、イメージ力に優れた方でした。きっと気水さんが「この人ならば!」と紹介してくれたのだと思います。

 先生からは、ロボットの企画にも無菌病室の消毒向けという用途にも興味を示してもらった一方、「病院の通路などにも応用範囲を広げ、さらに輸出して販売台数を確保し、低価格で販売してみては!」との考えが示されました。また、「こういうところで使えるんじゃないか?」と、病院内の広い通路を案内してもらい、その都度「床のコンセントをはじめ5mm程度の段差をどう乗り越えるか?」・・・などと、このような用途での課題を考えました。当時、国内には本格的な無菌病室は300床程度しかなく、少量生産・高額販売となり、病院側の経費負担が大きくなると見込まれたからです。

 打ち合わせの結果、親子タイプを改め、単体で40cm四方ぐらいのロボットを開発することにしました。そして、作業現場を想定した経路計画シミュレーションを行いつつ検討したのが、消毒液タンクを搭載した30cmの移動部後方に幅40cmの消毒液塗布ユニットを接続し、塗布ユニットを左右にスライドして壁の隅々まで消毒を行うという構成です。後に「ロボサニタン」として発表する試作の原型となります。

post-100921_2.jpg 試作機の開発後に発表した自律移動ロボット「ロボサニタン」。病院内での床消毒作業やワックス掛けを行う。500mlの専用タンクに消毒液もしくはワックス液を入れて、部屋の隅々まで消毒をしたりワックス掛けをしたりする。

 

合い言葉は「PEACE」:開発コンセプトの構築

 開発を具体化する前に、商品イメージをわかりやすく、かつ共有できるよう開発コードを考えました。すなわち、
 「(1)Pretty:かわいらしい」(2)Ecological:環境にやさしい」「(3)Autonomous:自律制御」「(4)Compact:小型でベッドの下も作業できる」「(5)Economical:経済的」であり、頭文字をとって「PEACE」としました。
 国立大学の学長だった方に説明した際、「日本人が何でわざわざ英語を使うんだ!」と叱責されたこともありましたが、個人的にはかなり気に入っていました。少なくとも、開発スタッフの意思統一には効果があったと思います。

試行錯誤の連続となった移動技術の開発:技術検証

 開発スタッフにはソフトウエア、ハードウエア(ここではエレキ)、機械設計、画像処理など各技術分野のエンジニアが揃っていましたが、自律移動ロボットの開発経験は誰にもなく、イチからの開発となりました。手始めにラジコンカーを改造して試作機の開発に取りかかりました。
 筆者らは真剣に取り組んでいたのですが、どうも他部署、特に財務部門からはラジコンカーで遊んでいるように見えていたようです。フィジビリティスタディでの試作段階では、非技術系の方には"ガラクタ"と戯れているように見えて不安を与えるきらいがあるようで、この段階はあまり見せない方がよいかもしれませんね。

 話題を戻しますが、病院内の通路も作業対象なり、長距離移動が求められることから、直進性の確保も要求仕様にあがりました。壁と一定距離を保つことで走行方向を調整する方式を採用したことから、自社技術であるカメラのオートフォーカス用距離センサ(赤外LEDとフォトダイオードアレイを使用した三角測量タイプ)を壁との距離計測に利用しました。しかしながら、壁が途切れる個所は距離の変化が著しく、計測誤差が大きくなります。ポライド製の超音波センサに切り替えてみましたが、10m以上の長距離が計測できる反面、20cm以下の近距離は計測できませんでした。
 そこで、左右に2本ずつ触覚センサを設け、接触方式にて壁との距離を測定することにしました。その距離に合わせて後ろの塗布ユニットを左右に動かして壁すれすれに移動します。このセンサと塗布ユニットの連動制御は昆虫のように動きがおもしろく、大学の先生からは高評価を得ましたが、センサが壁の溝に引っかかって破損しやすく、故障対策には相当苦労させられました。この方式で開発を進めましたが、移動ロボットには突起物のない、"つるん"とした外観の方が適しているようです。

写真2 ロボサニタンの本体構成.pngロボサニタンの基本構成。おもに自律走行ユニットと作業ユニットから構成され、これが左右にスライドすることで部屋の隅々まで消毒やワックス掛けが行える。

 また、無菌病室など狭い部屋での障害物回避を容易にするため全方向移動を検討しました。具体的には、円形をした走行部の中心軸の左右に走行車輪を配置し、回転方向および回転速度を独立に制御することでカーブ走行やその場旋回ができるようにし、かつロボット本体が水平回転できるように接続した構造にしました。走行部をその場旋回させながら、走行部に対し本体を同じ速度で逆回転させることで、本体は静止したまま走行車輪の向きが変えられます。走行しながらの全方向移動はできないものの、いったん停止して走行方向を真横に変えることは可能です。

 制御については、Rodney Allen Brooks先生昆虫ロボットや「サブサンプション・アーキテクチャ(SA)」が発表されており、その考え方を取り入れたものとしました。
 従来の自律ロボットは、外部環境の認識とモデルの構築、行動計画の作成および選択などを直列的に計算していたのに対し、SAでは反射的な行動を並列計算するのみで、複雑な環境下でうまく立ち回れることが示されました。「衝突防止」「彷徨(ほうこう)」「探索」の3層構造になっており、下位層の機能を効果的に利用(包摂)することが、その名の由来となっているようです[1]。

 走行制御において、大きな課題になったのはスリップでした。消毒液には界面活性剤が含まれており、床は非常に滑りやすくなります。いったんスリップしてしまうと、車輪の回転数制御による方向制御が利かなくなってしまいます。スリップを検出して、いったん停止する機能などを考えましたが、それまでに姿勢は崩れてしまうので、あまり意味はありませんでした。結局、スリップしないタイヤ構造を研究することになり、工作技術課からのスタッフを迎えて研究を積み重ねました。気が付けば、開発スタッフは15名にまで増員されていました。

用途拡大とともに課題も山積:用途拡大の模索・商品化

 その後、気水さんから新たに開発のキーマンを紹介してもらいました。冒頭で紹介した清竹さんです。清竹さんは『プロジェクトに集まるものは、前世で一緒に仕事をやっていた仲間らしいですね』と言っておられましたが、またも貴重な人と巡り会えたことに対し、この開発の社会的使命を感じたことを記憶しています。清竹さんの人的ネットワークを通じて、私立病院や動物実験施設の無菌室、製薬会社へと応用分野が広がり、各現場で市場調査や作業品質の評価実験に取り組みました。

 その後、試作機の完成を経た後、商品化に向けさらなる用途拡大を図りました。想定市場が具体化し、金型製作費にかかる投資回収を行うためには消毒以外での利用も求められたからです。清竹さんの紹介で鉄道会社などを訪問し、新たな用途としてワックス塗布への応用が具体化しました。
 ワックス塗布では乾燥後の品質が厳しく問われ、それに適した塗布方法や重ね塗りの方法、半乾きの状態の場所を走行しない経路計画など、新たな課題にチャレンジしました。同時に、ワックスメーカーとの提携に向けた協議も進めましたが、上層部の了解を得るには相当な時間を要しました。技術開発も提携に向けた協議も、一難去ってまた一難という具合に進行していきました。

 この間、試作機が完成した段階で、既述の通り「ロボサニタン」として広報発表を行いました。各メディアで取り上げられ、当時、毎日放送(MBS)のニュースで高井美紀アナウンサーが『なんか虫みたいですね~』とコメントされたことを記憶しています。Brooks先生の昆虫ロボットやSAの考えを取り入れたロボットでしたので筆者にとっては本望であり、最大の褒め言葉でした。

短期と長期、両方のビジョンを明確に

 ロボットに限らず応用範囲を広げると新たな開発課題が生じるものです。この無菌病室消毒ロボットもそうでした。
 まず、無菌病室というほぼ同じ形状の限定空間から、任意形状の通路に対象を広げた段階で、作業領域と作業手順の決定方法や経路計画などの機能が増え、それに伴い、いかに使いやすくするが課題となりました。また同時に、スリップ対策を含めた直進性の確保も課題となりました。次に、ワックス塗布への展開では塗布品質の確保が新たな課題となり、さらにその後、空港やオフィスビルへの一般清掃にも展開していくこととなりました。

 開発担当としては、まず当初のターゲットでの商品化を達成し、そのうえで次の展開に発展させたいところです。が、商品化するにはまとまった投資が要求されます。バブル経済の崩壊後だったためそれが難しく、かといって、短期的に収益性確保につながるアウトプットを見出すこともできず、結果、このロボットの開発はずるずると長期化してしまいました。こうなると、開発チームのモチベーションを維持し続けるために苦心惨憺することになります。いまとなっては、大いに反省しているところです。

 「次世代ロボット」という長期的な開発テーマでは、初期の企画段階で長期的なビジョンを持つと同時に、短期的にも何らかのアウトプットを出せるように計画しておくことが重要です。企画段階で提示する想定市場規模は可能性で見積もるため、また企画を通そうとするあまり、"前のめりな予測"となります。致し方ないことかもしれませんが、あとあと自分を苦しめることになります。それゆえに、短期的なアウトプットとして何らかの形で上市し、現実的な市場規模を確認しつつ長期ビジョンの軌道修正を図る、という段取りにて進めていくべきだと、筆者の経験を踏まえ伝えておきたいです。

■参考文献
[1]Rodney Allen Brooks(五味隆志訳), "ブルクスの知能論 ―なぜMITのロボットは前進し続けるのか?",オーム社,2006. 

●執筆者紹介

syunsakuイメージ伴 旬作さん(Ban Syunsaku)
 大手光学機器メーカーの計測機器開発部にて分光計測機器などの開発に従事した後、1991年より次世代ロボットの応用分野の探索、物体認識用ロボットビジョンの研究など、RT分野の研究開発を開始。以後、20年近くにわたり自律移動技術の応用として無菌病室床消毒ロボットや業務用清掃ロボットの実用化・製品化に取り組む。現在は、環境計測分野へのRTの応用に取り組むことを検討している。

 今回は「無菌病室床消毒ロボット」の開発に至るまでの経緯として、開発テーマの探索を中心に紹介します。

自律移動をして何をするか?

 前回紹介しましたように、うどん屋さんで元上司と出会ったことを機に、本格的に次世代ロボットの構想を始めることになりました。世は、まさにバブル経済のまっただ中。夢と自信に満ちあふれた時代でした。
 社内では、21世紀に向けた研究開発の長期ビジョンの策定に向け、各部署からメンバーが集められ、私もその一員として参画しました。国内外の研究機関との交流や、学会や研究会への積極的な参加を通じて最先端の技術情報を収集し、また、自社の保有技術とのマッチングを検討することで開発テーマの選定に取り組みました。最先端の研究者の固定観念にとらわれない自由な発想に、大きな刺激を受ける日々でした。今から思えば、本当に恵まれた時代でした。

 当時、私は大手光学機器メーカーに勤務していました。光計測や距離計測、画像処理、メカトロニクスなどで高度な技術を保有しており、また、当時の新しい技術としてファジイ制御の研究もなされていました。こうした背景から、新規テーマとして3次元計測技術や人物認識を含む物体認識技術などとともに、それらの応用分野として自律移動技術が選定されました。そして、これら新規テーマを扱う新部署が発足され、私は物体認識技術と自律移動技術の担当リーダーになりました。

 ステレオビジョンや顔抽出などの画像処理技術と併行して、「NOMAD」という超音波センサを潤沢に実装した、円筒形の研究開発用ロボットを導入し、自律移動ロボットの研究に着手しました。NOMADの開発元は米Nomadic Technologies Inc.で、現在も販売されているかどうかは不明ですが、リバスト社が扱っている人工知能ロボット「Pioneer(パイオニア)」をイメージしてもらえば、どのようなロボットであったかを想像できると思います。

 ただ自律移動技術といっても、その応用分野はとてつもなく広く、具体的にどのようなタスクを行うかが重要です。また、企業として商品化するからには、人に役立つロボットでなければ意味のない開発になります。"人に役立つロボット"のアイデアを求め、ブレーンストーミングやKJ法など様々な手法を通じて検討を重ね、100以上のアイデアを捻り出しました。
 最近、再びヒットしている「RoomBa(ルンバ)」のような掃除ロボットや、2008年の「今年のロボット大賞」で「中小企業長官賞」を獲得したページめくりロボットのようなものなど、その後、他社から商品化されたロボットも含まれていました。おもしろそうなテーマはたくさんありましたが、社に認めてもらえそうな開発テーマを見出すことができませんでした。光学機器メーカーが取り組む必然性が感じられなかったのです。

 一般に社内チームでテーマ探索を行うと、自社の保有技術や事業領域から離れることが難しく、独創的なアイデアが生まれにくいと聞いたことがありますが、この場合もそうだったのかもしれません。開発テーマを決定するためには、背中を強く押してくれる"別の要素"が必要でした。

ある人との出会いから無菌病室床消毒ロボットへ

 そんな中で、バブル経済の崩壊が始まりました。前回紹介しましたように、私は子供の頃から世紀末の恐怖がトラウマになっており、当時の湾岸戦争や地球温暖化の問題も重なり、「いよいよ厳しい時代が訪れるなあ~」と感じていました。この状況下で次世代ロボットの開発に取り組むことに戸惑いも感じていましたが、私の周囲はさほど深刻には捉えていなかったようで、開発プロジェクトは進展していきました。

 そんなときプロジェクトに大きな影響を与える人に出会います。以前、所属していた計測機器事業部から、『ちょっとおもしろい人がいるので会ってみないか?』との連絡が入りました。建築用の「墨だしロボット」(建築図面の寸法にもとづき、建築現場に墨を使って原寸で線を引くロボット。距離計測および自律移動技術の応用)のアイデアがあるとのことで、さっそく開発チームのスタッフとともに会いに行きました。その方との出会いから「無菌病室床消毒ロボット」のアイデアが生まれることになります。

 その方は当時、空調機器メーカーに勤務されており、米国の無菌病室の資料を日本に持ち帰り、わが国初の無菌病室を開発、事業化を成し遂げた人でした。その後、高松塚古墳の空調システムも開発されました。高松塚古墳の発掘に関係した人は、「ツタンカーメンの呪い」のように次々と命を落とされたそうで、その方もくも膜下出血で倒れられ、一命を取り留めたものの左半身に麻痺が残りました。それでも、『天から再び与えられた命だから、これからは世の中のためになることをやっていこう!』と決意されたそうで、お会いした頃は、文化財保護に関連する仕事に従事されていました。

 とにかく明るくポジティブかつ柔軟な発想をされる方で、次々とアイデアを考えては計測機器事業部に提案されていました。同行したスタッフ(上司)も似たような性格でしたので、3人の間で会話が弾み、また、遺跡の3次元計測をはじめ様々なアイデアが出てきたことを踏まえ、その方とコンサルタント契約を結ぶことになりました。その方は所属企業の了解のもと個人でコンサルタント会社も経営されていたのです。

 その方が無菌病室のエキスパートであり、また、距離計測および自律移動技術を応用できるのではとの考えから、無菌病室の詳細を聞きました。当初は無菌病室の設置作業に、これらの技術を適用するアイデアを抱いていましたが、いろいろ伺っているうちに、その方から次のような新たなアイデアが提示されました。

 『無菌病室の床面を消毒する、かわいらしいロボットがあれば喜ばれるよ!』と。
 具体的には、次のようなロボットです。
 「無菌病室は、白血病の患者さんなどが骨髄移植手術のために長期間にわたり独りで過ごす病室です。子供の患者さんも多く、孤独感を癒す心のケアも求められます。無菌病室は3㎡程度の個室でトイレやシャワーもあり毎日、看護士さんや看護助士さんが壁や床を消毒します。これを病室内にいる小さなロボットが行うわけです。決まった時間になると、病室の形状を認識しながらベッドの下まで残さず床面を消毒します。ときには患者の子供さんに操作を任せれば、きっとすごく喜ばれるでしょう」

 それは距離計測および自律移動技術を適用できるうえ、自社が得意とする精密機械技術の応用展開にぴったりのテーマでした。加えて、無菌病室に長期間にわたり独りで過ごす子供の孤独感を癒せる、愛すべきロボットになると感じられ、新たな開発テーマの発見に3人で歓喜したことを憶えています。

post-100730_1.jpg 無菌病室床消毒ロボットのイメージ。看護士や看護助士が行う床面の消毒作業を、病室内にいるロボットが病室の形状を認識しながら行う。小さな可愛らしいロボットが作業を行うため孤独感が緩和され、また、ときには患者の子供に操作を任せれば気晴らしにもなる。

 もちろん、実際に開発をスタートするには社内稟議を通さないといけませんが、わが国でNo.1の無菌病室のエキスパートがついており、ニーズに説得力があり、仕様も具体化しやすいことから、ユーザー(病院)を訪問してのリサーチや市場調査の取りまとめはスムーズに進みました。その後、その方を通じて、様々な人たちとのネットワークが形成され、無菌病室床消毒ロボットが具体化していきますが、その詳細は次回紹介します。

出会いを大切にすれば成長できる

 振り返ると、その方との出会いが自律移動ロボットの開発へと導いてくれました。いまでもお付き合いがあり、出会いから18年が経過しています。すでに定年退職されていますが、現在も故郷の新潟で土壌の殺菌などに関する独創的な研究開発をされています。月に何度か電話をくださり、そのたびに勇気と元気をもらっています。

 また、学会や研究会などに参加して大きな刺激を受けましたが、強く印象に残っている講演の1つに、"ロボットの父"と称される、米Unimation社の創業者、Joseph F.Engelberger(ジョセフ・F・エンゲルバーガー)博士の講演があります。博士は当時、米TRC社に移籍し、病院用自律移動搬送ロボット「HelpMate」を商品化されていました。病院内でカルテや食事を搬送する自律走行式のロボットで、後に安川電機に継承され、「ヘルプメイト」として発売されています。

post-100730_2.jpg 病院内でカルテや食事を搬送する自律壮行式のロボット「ヘルプメイト」のイメージ。

 博士は講演で、コウモリが超音波で障害物を認識して避けながら飛ぶ様子などを引き合いに、わかりやすく、美しく、かつ印象深く、様々な要素技術がすでに開発されていることを紹介。また、HelpMateなどの実例を示しつつ、『次世代ロボットの要素技術はもう揃っています! さあ、みんなでロボットをつくりましょう!』と、講演を締めくくられました。私は強い共感をおぼえるととともに、自律移動ロボットの開発に勇気と確信を抱きました。
 博士の近況を調べてみると、なんと80歳を過ぎても現役で活躍されており、20年前と変わらず、人に役立つサービスロボットの開発に情熱を燃やしておられます。開発への意欲がさらに掻き立てられました。

「人生は出会いで決まる―」
 そう言われますが、研究開発における数々の課題も、人との出会いによって打破されるように感じます。それぞれが持つ知識と経験が融合し、化学反応を起こして新たな価値が創造されます。また、技術者としてさらなる成長を成し遂げるためには、出会いを大切にしなければならない。すでに50歳を過ぎた筆者ですが、そう改めて感じました。

■コラム執筆者
伴 旬作さん(Ban Syunsaku)
 大手光学機器メーカーの計測機器開発部にて分光計測機器などの開発に従事した後、1991年より次世代ロボットの応用分野の探索、物体認識用ロボットビジョンの研究など、RT分野の研究開発を開始。以後、20年近くにわたり自律移動技術の応用として無菌病室床消毒ロボットや業務用清掃ロボットの実用化・製品化に取り組む。現在は、環境計測分野へのRTの応用に取り組むことを検討している。

 みなさん、はじめまして。業務用清掃ロボットを中心に自律移動ロボットの研究開発に従事する伴旬作です。サービスロボットの研究開発経験の長さを買われ、コラムを執筆することになりました。サービスロボットの市場分析などについては、先輩コラムニストの方々が大変充実したコラムを書いておられるので、本コラムでは、実際にロボット開発に悪戦苦闘してきた技術者からみたロボット開発の時代風景などをつづっていきます。気軽に読んでいただけると幸いです。訳あって、ペンネームでの執筆となりましたことをご容赦ください。

50年前の未来『21世紀』

 わが国でロボット研究が盛んなのは「鉄腕アトム」の影響が大きいといわれています。その標本的存在の一人である筆者がロボットの研究開発に携わった経緯を書くことで、日本のロボット開発にかかわる時代の流れの一欠片(ひとかけら)でも次世代の方に伝えられればと思い、過去を振り返りたいと思います。なお、私は中学生まで漫画家志望のマンガ少年だったため、少年雑誌の話題が多いことをご容赦ください。

 私は昭和30年(1955年)に生まれました。4歳のときにわが家にテレビがやってきました。当時、実写版「鉄腕アトム」が放映中で、私はテレビの前にくぎ付けでした。畳の上でアトムの主題歌を歌いながら空飛ぶ真似をしていたのを鮮明に覚えています。

 6歳の頃、従兄弟が持っていた月刊誌「少年」に連載していた「鉄腕アトム」に出会い、大きな衝撃を受けました。ストーリーのおもしろさは言うまでもありませんが、描かれている21世紀の世界が「夢の未来」への扉を開けてくれたのです。
 超高層ビル群を縫うように縦横無尽に伸びる高速道路、エアカー、円盤、宇宙船、宇宙人、ヒューマノイド、アンドロイド、サイボーグ、考えていることを映像として映し出す装置、人工頭脳、人工皮膚、超小型原子炉・・・。また、アトムの内部構造も詳細に描かれており、何度も何度も隅々まで分析しては書き写しました。

 小学1年のときにはアニメ放送が始まり、母は『鉄腕アトムは他のアニメと何か違う』と、積極的に見せてくれました。そして、科学技術に興味を持った私に「科学図鑑」を定期購読してくれました。毎月テーマが変わる分厚い本が届けられ、天文科学、宇宙開発、生物の進化などなど様々な分野について楽しく、かつわかりやすく解説してあり、これも繰り返し隅々まで読みました。お陰で、科学技術の基礎を学ぶことができました。
 そうした背景には、いつもアトムの21世紀が好奇心の源泉になっていたと思います。『21世紀』は、はるか未来の別世界であり、憧れの夢の世界でありました。

post-100528_1.jpg 先日、政府の宇宙開発戦略本部が発表した「我が国の月探査戦略案」では2015年にロボット探査を開始する計画が盛り込まれていました。火星の調査を行えるロボットも近々登場するかもしれませんね。
空想科学が現実に

 冒頭で述べましたように、もともと漫画家志望だった私ですが諸事情でその夢は叶わず、大学で計測・自動制御理論を学んだ後、光学機器メーカーで計測機器の開発に従事することになりました。

 ある晩、テレビをつけると2足歩行ロボット「WABOT(ワボット)」の研究で有名な早稲田大学の故・加藤一郎先生がテレビ講義をされていました。近い将来、ロボットと人間が共存するロボット文明社会が訪れるというお話を、図表を用いて淡々と学術的に解説されていました。大学でも聞いたことのない内容で、驚きでした。いままで空想の世界、はるか未来の別世界と思っていたアトムの世界が、私の中で現実の世界と重なった瞬間です。
 その後、当時電総研におられた舘先生の盲導犬ロボットなどにも感銘を受け、大学で学んだニューラルネットワーク研究のその後の進展などにも刺激を受けて次第にロボット開発への思いが募り、とどめに技術雑誌に掲載されていた美しい清掃ロボットの写真を見た瞬間、居ても立っても居られなくなり、意を決して開発部長にロボット研究を願い出ました。

 もちろん、すんなりと通るはずもありません。『企業は利潤追求が使命だ』と疑問を呈する人が多数いました。それでも、直属上司の課長をはじめ、企業でも1つぐらいは夢のある研究があってもいいと応援してくる人もおり、1カ月あまり粘ったすえ、まずは画像処理の研究としてスタートすることができました。

 上司とともに画像処理の市場探索のため、産業用ロボットメーカーを訪問することになりますが、そのとき、たまたま昼食に立ち寄ったうどん屋で、ロボット研究を加速する出会いがありました。新規事業テーマ探索を担当している役員だったのですが、一緒に昼食をとりながら、
「君たち、どこ行くの?」
「いや~、伴君がロボットをやりたいって言うんで市場調査にいくんですよ」
「えぇっ!?ロボット! いま、ちょうど通産省のロボットプロジェクトへの参入を検討してるんだ。伴君、ぜひ今度打合せをしよう!」

ということで、それから本格的に次世代ロボットの研究を開始することになったのです。

 このとき36歳。天の導きに感謝しました。そして、憧れの加藤一郎先生にお会いし早稲田大学のヒューマノイドプロジェクトに参加。また、通産省のロボットの研究会で舘先生が長を務められたアールキューブWGにも参加させてもらいました。カーネギーメロン大学の金出先生やMITの浅田春比古先生にも何度もご指導いただいてアメリカの最先端の研究に触れることができ、視野が大きく広がりました。

 こうしてロボット開発プロジェクトは期待一杯、夢一杯にスタートし、民間企業として当初から早期の事業化を目指しました。しかしそれは、以後20年近くにわたる悪戦苦闘の始まりでもありました・・・。

21世紀の夢と課題

 話を子供の頃の話しに戻します。『21世紀』は、憧れの世界でしたが、一方で、21世紀に訪れる人類の危機についても、少年雑誌に盛んに取り上げられていました。人口爆発、石油枯渇、氷河期到来などなど、盛んに特集ページが組まれていました。子供心に、『21世紀』は夢の世界であると同時に、人類滅亡の危機が待ち受ける恐怖の世界でもあったのです。現在、氷河期は逆に地球温暖化となって現れ、異常気象、大規模災害、人口爆発による食糧危機、水の危機、石油枯渇、第三次世界大戦の危機・・・、当時の予測はいまや現実となって迫っています。

 21世紀の夢と恐怖、これからどちらへ向かうのか。近年、大方の予測は悲観的方向へ傾いているように感じます。特にリーマンショック以降、技術者は元気をなくしています。確かに、アトムの誕生日だった2003年にはアトムは生まれず、アトムのような感情・意識を持つロボットは、実現できそうにないことがわかってきました。そして、次世代サービスロボットの実用化は一向に進展していません。しかし・・・

◆都心に立ち並ぶ超高層ビル群と超立体交差のハイウエイ。リニアモーターカーに携帯テレビ電話。
◆いつのまにか宇宙ステーションはできていて、宇宙旅行も現実のものになりつつあり、火星にも人が行けそうです。宇宙太陽光発電の研究も進んでいます。なんと月には水があるようです。
◆バイオではヒトゲノムの完全解読にiPS細胞の誕生。
◆空飛ぶ車は、すでにプロトタイプが開発されているようです。
http://www.moller.com/
◆考えていることを映像化する技術さえ、開発されつつあります。
http://www.atr.jp/html/topics/press_081211_j.html
◆海水を真水に替える技術が世界の注目を集めています。
http://www.youtube.com/watch?v=8fQYqFYKYII

 50年前の夢の技術が、いま確実に生まれつつあります。20世紀の負の遺産である、山積された課題は科学技術の進歩なくしては解決できないことは明らかです。特に少子高齢化の問題、介護・福祉の課題解決はロボット技術抜きには考えられません

利他のロボット

 アトムの実現は難しそうですが、筆者がアトムに心打たれたのは、ロボットが感情や意思を持っていたからではありません。ロボットが自分の身を犠牲にして人間を守り、救うからです。つまり「利他」だからです。このようにプログラムされているからなのですが、その姿が人の心を打ちます。

post-100528_2.jpg ロボットが自分の身を犠牲にして人命救助を行う。このような「利他」にこそロボットの使命があり、わが国は、こうしたロボットを創出しなければならないと考えます。

 利他に徹し切ることは人間には聖者でなければ難しいですが、ロボットは利他にプログラムすることができます。利他のロボットたちが人を救い、助け、癒し、3Kから開放する。そして、人間の心にも影響を与えていく。利他のロボットは人類を救う重要な存在だと思います。そして、軍事目的での研究を主体とする国が多い中、利他のロボットを産み出す使命がわが国にはあります

 一時のロボットブームは終息を向かえつつありますが、日本のロボット開発に携わるみなさん、これからが本番です! 明るく平和な理想社会の実現に向けて、人を救う利他のロボットを生み出していきましょう。

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プロフィール 伴 旬作さん(Ban Syunsaku)

1955年生まれ。1974年、東京大学 理科Ⅰ類に入学。1976年、同大学 工学部 計数工学科 計測コースに進学。1978年、同大学卒業後、大手光学機器メーカーに入社。計測機器開発部にて分光計測機器などの開発に従事する。1991年より次世代ロボットの応用分野の探索、物体認識用ロボットビジョンの研究など、RT分野の研究開発を開始。以後、20年近くにわたり自律移動技術の応用として無菌病室床消毒ロボットや業務用清掃ロボットの実用化・製品化に取り組む。今後は、環境計測分野へのRTの応用に取り組むことを検討している。




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