※本コラムの更新が遅くなりましたことをお詫びいたします。(編集部)
原発災害対応ロボット「Quince」の仕様書はなかった?
7月12日、日本国際問題研究所 軍縮・不拡散促進センターは、文部科学省委嘱標記調査研究 第2回セミナー「大規模複合災害における被害管理と科学技術の活用 ―ロボット・無人化技術の有効活用に向けて」を開催しました。今回は、小柳英次副所長(千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター)のコメントを抜粋し紹介いたします。なお、文中の筆者のコメントには、段落の先頭に「《先川原》」と付しています。
小柳栄次fuRo副所長です。Quinceが福島原発建屋に投入された時期に開催されたセミナーであり、開発現場の状況が詳細に語られたのはこれが初めてでした。
ここ数カ月間、原発災害対応ロボットを手がけてきて、すごく印象に残っていることがあります。それは、想定外の事故が起こったため、ロボットをつくるための仕様書が「ない」ということです。世の中のあらゆる物は、条件を想定してつくられています。想定外だからできないというと、すごい言い訳に聞こえるかもしれないけど、「想定」っていうのは設計の大元なんですよ。それがはずれたら物はできないに決まっているし、機能しないのは自明なのです。
今回、福島原発対応をしようとしたときに、私たちのところには瓦礫を走る最新鋭のロボットはありました。5カ年計画で4億数千万円かけて開発した「Quince(クインス)」です。研究者としては教授クラスが10名くらい、助教クラスが10名前後、学生に至っては延べ60~70名が5カ年かけて、やっとあそこまでできたロボットです。ところが、すぐに原発建屋に入れられなかった決定的な理由は、福島原発対応ではなかったというところです。
《 先川原 》
上記の5カ年計画というのはNEDOの「戦略的先端ロボット要素技術開発プロジェクト Ⅲ.特殊環境用ロボット分野 <1>被災建造物内移動RTシステム」(2006~2010年度)のことです。地下鉄サリン事件のように、人間が入って行くには危険と思われる、汚染された空間の環境状況や被災者の有無を調査するためのロボットを研究開発していました。なお、ロボットは2010年8月から千葉市の消防局に貸し出しました。防災訓練などにて消防隊員が実際にロボットを操縦し、操作感や安全面で気になる点等の意見を参考に、より安全で使いやすいロボットの改良・製作に取り組んでいます。 《コメントここまで》
原発建屋でロボットに何をさせたいのか、どんな技術が必要なのかがわからない。それはある意味しょうがない。なぜかというと、最初から予定されてないから。つまり、医者でいうならば、予防ではなく対症療法なんですね。ここが悪くなったからこの薬を飲ませよう、副作用が出ちゃったからこれをやろうと。そういう、後追いで決して先んじた対応ができていない。
それから、われわれにとっても災害現場は想定できません。圧倒的に情報不足だからです。今回、Quinceは2号機建屋の地下に降りたんですね。私たちに示された図面は、東京電力の本社から渡された手描きの図面、つまり30年前に東京電力が書いた図面です。それには階段の幅は91cmと書いてある。その後、2~3年に1回、定期検査のたびに改修が繰り返され、いつの間にか階段の幅は70cmになってしまった。その情報が私たちに来たかというと来ない。津波でサーバがやられたから、福島原発の最新図面はすべて失われたままなのです。つまり情報不足。通路の幅がわかんないのにロボットに入って行け、といわれているのが現状です。だから非常に難しい。いつまで経っても問題点が明確にならない。
《 先川原 》
原発建屋の階段踊り場でうまく曲がれなかったとの連絡はありましたが、想定より20cm以上も狭いのでは無理もありません。
話は変わりますが、先週、小柳は浅間山山頂付近まで、火山調査のためのフィールド実験に出かけました。東大地震研究所浅間火山観測所まで車で行き、そこから2時間、人力でロボットを運搬しての実験です。小柳は口癖のように「実際にロボットが働く環境で試験を繰り返さなくては、確実に動く人の役に立つロボットはつくれない」といいます。ちなみに小柳は10月後半に大島、11月は阿蘇山にロボットを持参し走行実験を行う予定です。 《コメントここまで》
私たちは、メンテナンス・フリーということに対して非常に甘い考えを持っていました。レスキューロボットというのは厳しい環境を走るものですから、1回のミッション(3時間ぐらいの作業)が終わったら、きっと翌日のためにメンテナンスをすると思った。いくらメンテナンス・フリーといっても、ミッション中にどこかのネジが緩むようなことはないにしても、翌日のために点検ぐらいはしてくれると思った。でも、原発で働くロボットは翌日のための点検は、作業員の被爆につながるから一切できない。「原発建屋に入れたら最後。ロボットが壊れるか作業が終わる以外、メンテナンスはバッテリー交換だけです」といわれたときには、はっきりいって寒気がした。最初の時点でそういうロボットを開発しろといわれていたら、2カ月前なら裸足で逃げ出したかもしれない。いまはやれる自信が少しついてきました。なぜかといえば、ここ4カ月間、休みなしで一生懸命やってきたから。ああ、こういうことだったんだなあとわかってきた。もしかすると私は原発災害対応ロボットの第一人者になりつつあるかもしれない(笑)。笑い話ですが。
《 先川原 》
小柳は2月中旬から10月現在までに土日祭日含めほとんど休みをとっていません。一緒に原発ロボットに携わっている西村君(千葉工業大学・大学院生)に至っては、8カ月以上も休みをとらずにロボットの製作・実験に取り組んでいます。たいへんだろうと思う一方、そこまで熱中できることがあるというのは、なんと幸せなことだろう、とも感じます。 《コメントここまで》
それから、(東電社員とわれわれの)認識の違いについては、いつまで経っても余計なところで問題が起きます。練習してうまくいった、となると、もう少し大丈夫だろう、と無理をしてしまうのです。本番では環境が変わるのですから、うまくいかない要素がとても増えているはずです。無理する理由は、作業員は被爆が怖いからなんですね。1回の出動で済ませられるのであれば、そこでたくさんの作業を済ませたいと無理をする。
現在投入されているQuinceは1台です。図のように有線で遠隔操縦しています。
「PackBot(パックボット)」2体を出動させる場合、12名の方が1回のロボット・オペレーションに参加します。ロボットを運搬する人、操縦する人、指示を出す人などで、そのくらいの人数になってしまう。その人たちは、どういう姿勢でロボットを操縦するかというと、隣の人と身体を寄せ合って操縦している。寒いわけでもないのに。隣の人とくっついている側は少なくとも被爆しないだろうと。そういう劣悪な環境で作業しているわけです。
もちろん、ロボットは1体よりも2体で入ったほうが良いのは当たり前です。屋外で働いている建機のロボットは、ロボットの外部に設置されたカメラで見て操縦している。ロボットが危険な場所に行くときは、もう1体のロボットがそれを見ていてあげる。そうすることによってオペレータは客観的に自分のロボットを見て操縦することができるのです。しかし、建屋内に2体入れると被爆者が増えるわけです。運ぶ人もオペレータも倍になります。ですから、1体で作業をしてくれと言われたのは東京電力からの要望で、私達もそれを受けたのです。いま現在、私たちのグループから建屋に入っているのは1体です。
たくさんのカメラ情報やロボットの姿勢を表示するメータを付けても、オペレータは操縦がなかなかうまくならなかった。そこで、われわれは苦肉の策で何をしたかというと、リバースモードを設けました。Quinceの前後は対象につくられているので、リバースモードキーを押すだけで運転席が180度反転したかのように、ソフトで対応しています。ジョイスティックの方向も画像表示もすべて反転するのです。これならば、袋小路に入ってもリバースモードキーを押すだけでバックの操作をする必要がなくなります。
次に投入される予定のQuinceに搭載された3Dスキャナで、周囲の形状を計測した結果です。千葉工業大学の校舎内で実験しました。
図で示した赤はグランドレベルであり、地面からの距離が離れ天井に近づくに連れて青くなるよう表示しています。これがどれくらい役に立つかというと、1号・3号機原子炉建屋はかなり破壊されている。柱の間隔や瓦礫の状態などが読める。こういったものでいろいろな角度から見ることによって、例えば遮蔽するための壁の設計ができるようになります。いちいち人が計測しに行かなくても寸法がわかるメリットは大きいのです。
PackBotが最初に2号機原子炉建屋に入った際、湿度はほぼ100%でカメラが一気に曇ったとの報道があり、私たちは千葉工大の寮の風呂場でボイラの温度を65度、湿度100%で実験しました。当初はあっという間に曇ってしまいましたが、カメラ内部の湿気を抜き密閉することと、レンズを事前に暖めておくことで解消できることがわかりました。このように、ロボットというのは現実の環境に出来るだけ近いところで走らせない限り、まったく問題解決はできません。
ここまでやってきて何が必要なのかを考えましょう。まず、それなりの性能を持ったロボットでなければ話にも何もならない。それから次に運用組織が必要です。私たちのチームでは学生がいちばんのオペレータなのです。ところが、学生を原発に行かせるわけにはいかない。つまり、私たちのチームはオペレータを持っていないわけです。組織としてきちんとロボットを運用できて、ロボットの性能・機能を熟知した優秀なオペレータがいることが必要です。
でも、それだけではまだダメなのです。例えば消防署の指揮者というのは隊員の安全を守りながら、次に何をしなければならないかということを、きちんと把握している。ロボットの性能を的確に把握してオペレータにプランニングを指示できる、これができないとロボットは運用できない。
私たちは半年間に渡って、千葉市消防局にロボットを貸したのですが、市内4カ所の消防署を転々としました。そのときにわかったことをお話ししましょう。
私たちが最初に貸したのは殿台消防署でした。マニュアルとともに、このように操作するんですよ、とレクチャーしました。1カ月半経って、ロボットは違う消防署に行きます。そのとき、私たちは何も教えません。彼らはものすごくきちんと申し送りをしているから教える必要がないのです。いま、満足に申し送りができる組織といえば消防署か病院(看護師)くらいでしょうか。彼らは自分たちが得た知見を含めて次の消防署に情報を渡す。ですから、4カ所の消防署を転々としても私たちが教えた消防署は1カ所だけで済む。そういう組織力が要ります。総合的にきちんと訓練する組織がなければ、ロボットを導入しようとしてもダメです。以上の要素が1つでも欠ければロボットは役に立たないし、今の日本では満足できるロボットや組織はひとつもないというのが私の結論です。
《 先川原 》
今後、災害救助ロボットチームが組織される際には、ロボットを開発・改良する以上に、いかにうまく運用していくかということが重要なのですね。最後に、小柳の講演スケジュールを以下に記します。御興味のある方はぜひ足をお運びください。 《コメントここまで》
●防衛技術シンポジウム2011
タイトル「福島原発で活動する国産ロボットQuinceの構成と改良」
日時:11月9日(水)11:00~11:20、場所:グランドヒル市ヶ谷
●2011国際ロボット展 サービスロボットビジネスフォーラム2011【パネルディスカッション】
タイトル 「東日本大震災を教訓とした災害対応ロボットのあり方」
日時:11月9日(水)14:15~15:30、場所:東京ビッグサイト
●2011国際ロボット展 出展者ワークショップ
タイトル「想定外に挑戦する災害対応ロボットの開発」
日時:11月10日(木)10:30~11:30、場所:東京ビッグサイト
ロボット関係者に見て欲しい映画
この春公開され全米映画ファンを騒然とさせた、衝撃のサスペンス・アクション「ミッション:8ミニッツ」(原題:SOURCE CODE) が10月28日(金)より全国公開となります。
<ストーリー>
シカゴで列車爆破事故が起こり、乗客は全員死亡。この事件を解明し、犯人をみつけるために、政府の極秘ミッションが始動する。任務遂行のために選ばれたのは、米軍のエリート、スティーヴンス大尉。百戦錬磨の彼をもってしても、今回のミッションは予測不可能──爆破の犠牲者が死亡する“8分前の意識”に入り込み、その人物になりすまして犯人を見つけ出すというのだ。8分後には爆破の瞬間が訪れ、スティーヴンスは元の自分に戻る。死んでは甦り、また死を繰り返す…犯人を捕らえるまで終わらない“8分間”の悪夢のミッション。その度ごとに犯人に近づいていくスティーヴンスだったが、次第に彼の中で疑惑が膨らんでいく。過去を変えて乗客たちを救うことは可能なのか? そして、この奇妙なミッションに選ばれたのが、なぜ自分なのか…?
抱くことは許されないこの疑惑こそ、極秘ミッションに隠された禁断の真実への扉だった…。
(c)2011 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.
10月28日(金)全国ロードショー
映画の原題が「ソース・コード」ということから察しがつくかと思いますが、主人公がコンピュータ・プログラムの世界に入り込み、シミュレーション体験を繰り返す、といったストーリーでしょうか。パラレルワールドを考えれば様々に解釈できると思いますが、関係者の方々、的外れな感想だったらごめんなさい。
この映画、ヴァーチャル・リアリティやブレイン・マシン・インタフェイス、人工知能の専門家にぜひ御覧いただき、感想を聞いてみたいものです。
小松左京や筒井康隆を読んで育った私には、時間軸がどうこうという部分では斬新さを感じなかったのですが、映画としてはたいへん楽しめるものでした。繰り返される8分間はそれぞれ微妙にシチュエーションに変化があり、「この意味は?」とあれこれ考えているうちに次々とストーリーが展開され、いつの間にか映画の世界に引きずり込まれてしまいました。
SFファンはもちろん、誰でも楽しめるスピード感のあるサスペンス・アクション映画となっています。ぜひ劇場に足を運ぶことをお勧めします。
●執筆者紹介
先川原 正浩さん(Sakigawara Masahiro)
千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター 室長
1963年、東京都生まれ。1989年より理工書専門出版社にて、主に電気電子系の書籍企画・編集に従事。2000年1月~03年5月、ロボット専門誌の編集長。2003年6月より現職に就く。2足歩行ロボットによる格闘競技大会「ROBO-ONE」の委員会副代表をはじめ、多くのロボットコンテストにて委員・審査員を務める。また、新聞・雑誌・TV番組・イベントなどのロボット関連企画を多数手掛ける。
http://furo.cocolog-nifty.com/ (fuRoブログ)
http://www.furo.org/(fuRo)

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