fuRo先川原室長のロボヤマ話

2011.05.25
第49回 未来のロボットが進むべき方向 ―手術ロボ・ダヴィンチのキラーアプリ

 3月8、9日、品川のザ・グランドホールにて「サイバニクス国際フォーラム2011」が開催されました。2日間にわたって多くの講演が行われましたが、本稿では大阪大学大学院・金子真教授による基調講演「未来のロボットが進むべき方向はどうあるべきか」の一部を抜粋して紹介します。今回は、文中の筆者のコメントはグレーで表記しています。図は講演より引用しました。

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photo49-2.JPG会場に入ると「ロボットスーツHAL福祉用」がズラリと並べられていました。研究開発、販売しているCYBERDYNE株式会社は資本金22億6250万5千円、従業員数55名と、ロボットベンチャー企業としてはかなり規模が大きいですね。 
人と異なる能力で差別化を

 これはある会社の株価の推移を表したものです。10年前は10ドルくらいだったものが、今は300ドル以上で約30倍以上となっています。このグラフを見ると、すごく会社が伸びていることがわかります。この会社は医療用ロボットで世界一有名な「da Vinci(ダヴィンチ」というロボットをつくっている会社です。このように伸びているということは何が言えるかというと、このロボットの中にキーのテクノロジーがあるはずだと。それからもう1つは売れているわけですから、キラーアプリケーションがあるはずだと確実に言えます。それは一体何なのか。それがもし含まれているならば、このロボットは将来のロボットの方向に対して、何らかのメッセージを我々に送っているのではないかと思います。

photo49-3.JPGda Vinciを研究開発、販売している米Intuitive Surgical社の株価推移です。 

 今日、お話をするに当たってのポイントが2つ。将来のロボットはどういう方向に進むべきなのか、どういう方向に進んじゃいけないのか。これが1点。もう1点は、(ロボットスーツ)HALなんかもそうですけど、人間とロボットがフィジカルにインタラクションしていく、あるいはメンタル面でインタラクションしている、そういう人間とロボットが将来的にどういう風な共存関係を持つのが理想的なのか。
 
 人間とロボットとは本質的に違う。それぞれ得意技を持っている。人間は器用性においてはロボットに対して圧倒的に勝つ。逆に、ロボットでは器用性では人間に追いつかない。ところが、スピードという切り口で考えると人間よりもロボットのほうが優れている。つまり人間を目指してロボットを開発するっていうことがものすごく矛盾を含んでいる。われわれが主張したいのは、人間と違った能力で差別化できればロボットはそれでよい。こういう特長があると考慮するならば、どのように共存するのが良いかと言うと、人間に対して、われわれが期待するのは器用性、器用な動作であり、これに対して、われわれがロボットに期待するのは、例えばスピードです。もしこういう形で人間とロボットの協力関係が得られるのであれば、最終的に何が達成できるのかというと「見かけの人間の能力を拡張すること。これこそが人間とロボットの共存のいちばん良いシナリオではないかと思います。
 
 最初に、金子教授が研究されてきたマニピュレーション技術について、動画を中心に解説が行われました。金子教授は人の手・指の動きをロボットに摸倣させる研究を長年続けてきていますが、人の手・指の「器用性」のレベルが高過ぎるため、100年後でもロボットがその「器用性」に追いつけるとは思えない、と断言されています。今回、人の手・指の代わりになって手術を行う医療ロボット「da Vinci」に的を絞って紹介します。

手術ロボットにおける人と異なる能力

 例えば、手術の現場で医師が間違って血管を切ってしまったと。切ってしまうとたちどころに血の海になってしまうのですが、人間の動体視力というのは非常に低い。ということで、すぐにどこを切ったのかというのは見えなくなってしまう。そのときにもう1つこういった速い眼を入れておけば、瞬時にオーバーレイすることができて、切った場所を止血することができる。これがロボットと人間のひとつのコラボレーションのスタイル。この場合には、医師に求められるのは器用性で、カメラに期待するのは高速の眼。人間では見えないスピードのものが見える。トータルとしては人間の能力の拡張につながる。

 未来のロボットはどのような方向に行くべきなのか。どういう方向に行っちゃいけないのか。という点について少し考えてみたいと思います。(2000年のda Vinciの映像を見せながら)、先端のグリッパの部分が約5mm、人間のような手じゃない「グリッパ」です。どうやって見かけ上の器用性をつくりだしているかというと1本ではなくて2本入れることによって、見かけ上の器用性ができています。1本1本のグリッパは単に対象物をつかむだけです。

 2000年のバージョンに比べて現在のda Vinciは圧倒的に動きが速くなって、全体のシステムがスマートになっている。このロボットが日本には6台、韓国には20台、全世界で1500台売れています。価格は高額で、日本円にして2億5千万円。1台2億5千万円もするロボットが世界ですごい勢いで売れ始めている。だから株価が上がっているのです。

 なぜ、お医者さんや病院がこのロボットを買いたくなるのか。どんな病気でこれを使っているのかを調べてみると前立腺癌(ガン)だった。これがキラーアプリケーションです。米国では70%以上、前立腺癌の手術がda Vinciで行われている。これはお医者さんが進めるのではなく患者さんがロボットでやってくれと言っているわけです。ここがすごいところです。このようなキラーアプリケーションが出た時点で、このロボットは衰退、減衰しない。発展することはあっても、なくなったりはしない。前立腺癌に何でda Vinciが要るのか、どういう特徴を持っているのか。もちろん、狭いところに入っていかなければならないので、人間の手による手術は出来ない。マイクログリッパを使って手術せざるをえない。そのときにも大きく2通りあります。1つは人間がマイクログリッパを手で持って手術する、いわゆる腹腔鏡手術です。

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左の写真は腹部表面の穴から腹腔鏡を入れている様子、右はその断面イメージです。

 腹腔鏡手術では、患部が非常に狭いということもあって患部を傷つける可能性があります。少しでも動かし方を失敗すると、動きがダイレクトに伝わっていますから患部を傷つけてしまう。ところが、da Vinciを使うと、お医者さんが大きな動きをつくり出したとしても、ロボットのほうは動きをスケールダウンすることができる。なぜならば、間にコンピュータが入っているからです。ということで前者と後者の一番大きな違いは、後者は自由にスケールをコントロールできるということです。

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コンピュータを介せば、手を1cm動かすとグリッパが1mm動くといった制御ができます。

 グリッパが1本だと器用性は発揮できない。2本必要です。手動の場合にはどうしても狭いところの手術は難しい。ところがda Vinciの場合には間にコンピュータが入っていますので、お医者さんが作るモーションプランニングと別にコンピュータで動きをつくることもできます。ということで、da Vinciが前立腺ガンに使われることになったということが非常に売れている原因です。
 
 今度は、いちばん最初のデザインについて。これは非常に重要です。2000年以降にプロジェクトが生まれてこのロボットをデザインするときに、重要な部分は何かというと、人間のように多関節方式にするのか、それとも産業用ロボットのようにグリッパ方式にするのか。もし、みなさん方がいちばん最初のデザイナーだったらどちらの方式を取りますか? 

photo49-8.JPGグリッパ方式と多関節方式、あなたならどちらを選びますか? 

 もし僕が20年前にデザインしろと言われたら、ひょっとしたら、いやまず間違いなく多関節方式をとる。なぜか? こちらのほうが絶対に器用だからです。手に物を持って対象物を指の中で操ることができる、これが人間の器用性の原点です。ところが、デザイナーはこちらを取らなかった。あえてシンプルな設計にした。実はこれが成功に非常に大きく寄与していると思います。そして、1本じゃなくて2本使うことがポイントです。1本であれば「つかむ」か「離す」しかないのです。2本で腫瘍や患部を持つと、2本の手を使って操ることができます。このデザイナーはそうした選択を取ったのです。僕はこれがいちばん最初の時点での成功の1つのポイントだと思う。将来、ロボットでどういう方向に行くべきなのか、あるいはどういう方向に行っちゃいけないのかというある種のメッセージを、このda Vinciは我々に送ってくれているのではないかと思います。

photo49-9.JPG手術ロボットをどのように動かしたら良いのかは、もちろん人間が考えます。考える部分までコンピュータが担うのは、当面スタートレックのようなSFの中だけですね。 

 
 このロボットは人間に、人間の頭脳にモーションブラインドを期待している。それからロボットに対して、何を期待しているかというと正確、精密な位置決めですね。かつ、非常に小さい、人間の手よりも非常に小さいというスケールダウンをこのロボットに期待している。
 最終的には、手が入らない狭い空間に、このロボットの小さい手を使って、見かけ上、このお医者さんの手が入っていったような、ある種の仮想的な現実感を体験できる。人間とロボットが一体になって見かけ上人間の能力を拡張するというのは、人間とロボットのコラボレーションとしては非常に良いスタイルだと思っています。さらにそこにキラーアプリケーションです。これがないとロボットは必ず衰退していきます。

photo49-10.JPGあなたが患者ならば、成功率80%のロボット手術を受けますか? 

Relative SaftyとAbsolute safty

 最後に、重要な考え方を説明したいと思います。「Relative Safety」という言葉をあまり聞いたことがないでしょうが。ある手術で1つはロボットで、もう1つは人間がマニュアルで行うと想定します。いずれの場合も、何らかの処置・手術をしない限り、患者さんは生命を落としてしまう、という非常に過酷なシチュエーションとします。例えば、このロボットを使うと手術の成功率が80%だとします。これで日本の政府・官庁がこのロボットを許可すると思いますか? 80%の成功率とは10回手術をすると2回は生命を失ってしまうという、非常に厳しい数値です。こういう数値を持ったロボット手術をもしみなさん方だったら、許可しますか? 80%はちょっと低すぎる、自分が監督官庁のヘッドだったらこういったロボットは許可しないという人、手を挙げてください。人間がマニュアルで行う方の成功率を聞いてみないとわからないという人は?

photo49-11.JPGロボットを使わない人の手による手術の成功率が70%ならどうでしょうか。 

 では、人間が手術をした場合の成功率は70%だとします。その場合、皆さんも同感されると思いますが、このロボット手術を認めないと思う方が罪じゃないでしょうか? なぜかというと、認めないことによって、本来助かった人までが助からなくなってしまうからです。また、「Relative Safety」という言葉に対して「Absolute Safety」という考え方があります。「Absolute Safety」とはとことん100%成功率を求めようという考え方です。こと医療に関しては、しかも生命がかかっているときに100%の成功率が保証できないのであれば、人間のやった手術とロボット手術とでどちらの成功率が高いか、ここで見極めるべきだと思います。ロボット手術の成功率を考えるときに、ロボットだけにしか出来ないのであれば、人間がやる手段がないのであれば、仮にこの成功率がもっと低くても、これは認めるべきではないかと僕は思います。
 
 da Vinciを導入し手術経験もある藤田保健衛生大学・宇山一朗教授の取材記事が、2009年2月のロボナブルに掲載されています。あれから2年以上経ちましたが、日本においては積極的にda Vinciを導入しているとは言い難い状況です。日本国内での医療ロボット開発も大学では行われていますが、厚労省の承認に時間がかかるためメーカーが手を出したがらないようで、したがって商品化は困難かと思われます。日本には、人を救える様々なロボット技術を抱えているというのに、誠に残念なことです。

 

 ●執筆者紹介

先川原さん.jpg先川原 正浩さん(Sakigawara Masahiro)
千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター 室長
1963年、東京都生まれ。1989年より理工書専門出版社にて、主に電気電子系の書籍企画・編集に従事。2000年1月~03年5月、ロボット専門誌の編集長。2003年6月より現職に就く。2足歩行ロボットによる格闘競技大会「ROBO-ONE」の委員会副代表をはじめ、多くのロボットコンテストにて委員・審査員を務める。また、新聞・雑誌・TV番組・イベントなどのロボット関連企画を多数手掛ける。
http://furo.cocolog-nifty.com/ (fuRoブログ)
http://www.furo.org/(fuRo)




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